8時起床。本日も快晴。128分走る。昨日何気なく、とあるマイミクさん(mixi内のお友達、の意)の日記を読んでいたら「テレビ見ていてびっくりした。しょこたんの父親って中川勝彦だったんですね」という記述があり、僕もびっくり! へー、そうだったんだ。しょこたんこと中川翔子ちゃんは、よくTVのバラエティで変わった面白いお母さんの話は良くしていたけれど、そう言えばお父さんの話は何故か出て来なかった。と書きつつ、中川勝彦と言って、今はどのくらいの人が知っているのだろうと考えた。そのマイミクさんはたぶん僕より10才くらい年下。それより若い人は知らないのではないか? 80年代に活躍した美形のミュージシャンで役者。今で言えばガクトかミッチー(及川光博)みたいなものか? 94年に白血病で32才の若さで亡くなった。
とは言え、僕だって中川勝彦という人をそれほど知っているわけではない。ただ、僕は93年から約1年ほど、白夜書房から出ていた『HELLO!! ネコちゃん』という猫雑誌のデザインをしていた。その少し前に『愛しのチロ』を出版した荒木経惟さんが野良猫を撮るというページの担当だった。大ファンである荒木さんの写真をレイアウト出来る、そのオリジナル・プリントを実際に手に出来るということで毎月楽しみに仕事をしていたのだが、その雑誌にはミュージシャンが猫を語る、というようなインタビュー・ページがあった。創刊号のゲスト“エンケン”こと遠藤賢司──何しろこの人はファーストアルバムのタイトルが『NIYAGO(ニャーゴ)』、“♪君も猫も僕も、みんな好きだよ”という歌詞で始まる「カレーライス」という名曲もある──そして、二回目のゲストが中川勝彦氏だった。
本棚を探ると残念ながらその2号目は無かったが、創刊号が出で来た。1993年12月号とある。我が家にもみャ太とぎじゅ太が来てまだ半年ほどの頃だ。僕は中川勝彦が病気、それも白血病という深刻な病で活動停止を余儀なくされているということは知っていた。だから少しやつれた顔ながらも愛猫を抱いて、「体調も回復したしこれからはまた音楽活動を頑張りたい」というようなコメントをしている姿を見て、他人事ながら、ああ良かったなあと思っていた。だからその直後に亡くなったという記事を朝日新聞で見てびっくりした。今、wikipediaを引いてみると「1992年9月に急性骨髄性白血病を発症。以後9ヶ月の闘病生活を経て復帰するも1994年8月に白血病が再発し、32歳の若さで死去する。」とある。猫雑誌のインタビューは94年1月号だから、たった8ヶ月後のことになる。
中川勝彦の音楽活動はロック・ギタリストのCHARがプロデュースしていて、これもまたたまたまなのだけど『日本ロック大系・下巻』(白夜書房・90年刊)に載っているCHARのインタビューを少し前に拾い読みしていた。その中でCHARは「なんていったって、勝彦自体の人がすごくいい。ヘンにギスギスしてないし。将来俺の勘ではああいう人の時代になるんじゃないのかな」と発言している。