7時起床。112分走る。ハナミズはズルズルと出るが少しずつ走れるようになってきた。気分も、体調も上向いてきたみたいだ。でも、TVでは昨日の大阪の小学校で起きた事件の話題ばかりだ。
17才の頃、オレ何してたっけ? と思う。1975年の冬から翌年のことだ。ボブ・ディランが
『血の轍』をリリースして、ジャクソン・ブラウンは
『プリテンダー』を出した年だ。そうだ、75年の冬にニール・ヤングの
『ズマ』が発売されて、翌年3月に来日して武道館でコンサートをやったのだ。当時はチケットぴあも電話予約も無かったから、発売の日、1時間目が終わってから学校をサボり、渋谷のヤマハにあったプレイガイド(という言葉も死語だね、もう)に買いに行った。
教室を抜け出して校門へ向かおうとした時、二階にあった職員室の窓から生物のムカつくバカ教師が顔を出し「トーラ、何処行く、授業中だぞ!」叫んだので走った。「バカ者、戻れ、戻ってこい、戻らないとどうなるか判ってるな!」とわめき散らすのを背に全力疾走した。明日バカ教師にブン殴られようが親が呼び出されようが、停学になろうが退学になろうが良いと思った。動いているニール・ヤングを見れたら、すべてがどうでも良いと思った。
大阪の17才の少年は親にバイクを買ってもらって事故ったと聞いた。僕は16才で自動二輪の免許を取った。だけどずっと兄貴のお下がりのホンダCB50という原付に乗っていて、17才の時兄貴の友達がボロボロの125ccオフロードバイクをタダでくれた。嬉しくて嬉しくて毎日乗り回した。
友達の兄貴のバンド仲間で、プロのミュージシャンだという人がフェンダーのジャズベースを売ってくれたのもその年だ。新品で買えば当時のお金で28万円──珈琲一杯150円の時代だ。今に換算すると幾らくらいになるのだろう?──もするものだが、「5万でイイよ」と言ってくれた。夏休み、渋谷東急百貨店の屋上で金魚すくいのバイトして買った。嬉しくて嬉しくて毎日弾いた。全然上手くならなかったけど。
何ンか色々大変だった気もするけど、楽しかったこともたくさんあった気もする。ムカつくヤツもいたけどイイひともたくさんいた。それは別に、というか断じて、歳を取ったから懐かしく思い出してるわけではないと思う。