昨日は取材の帰り、表参道から東急田園都市線で三軒茶屋へ出て、そこから世田谷線上町にある友人Kの家へ遊びに行った。茶の間で16才の頃から知っている彼の妻が作ってくれた夕食を食べ、ビールを飲む。中学生になったという息子は良く陽に焼け精悍な顔付きをしていて、19才になった娘は両親の良いところだけを受け継いだ美人に成長していた。たまたまその日は近所の共稼ぎの御夫婦の、小さな女の子を預かっていて、二人の子供達はその子の面倒を良く見ていた。夏の夜、こういう状況でテレビから流れるポケモンなんぞを観るでもなく眺めながら旧友とビールを飲めるのは本当に幸せだ。
以前も数回書いたが、Kは去年肺ガンであるとの診断を受けた。この日記は共通の友人も読んでくれていると思うので現在の状況を少し説明しておく。昨年夏から抗ガン剤を使用し、去年の年末に放射線治療。それで肺にあった病巣はほぼ問題無くなったらしい。その代わり片肺自体の機能は失われたそうだが。その後リンパ節に転移したガン細胞は此処数ヶ月かなり詳細に検査した結果、主血管を巻き込む形で現存はしているのだが、ガンの進行を示す腫瘍マーカーというものの数値はこの2月から正常に戻り、以来下がり続けているとのこと。つまり今のところ西洋医学による治療をする必要はないそうだ。見た目のKはまったく元気だ。健康な人間と同じように生活出来るし、その夜も僕以上に酒を飲んでいた。しかし去年僕が見舞いにいった病院で彼と共に入院していた人は「まあ、今はほとんどこの世にいないね」と笑う。
しばらくして電話が鳴り「Rが来るってさ」と言う。RはKと長年一緒に映画の仕事をしてきた男だが、元々は僕の大学時代の同級生だ。國學院大學文学部哲学科という、50人程度の小さなクラスで知り合った。ずいぶん久しぶりの再会である。RもKも、長年裏方として映画制作をプロデュースして来た。Rはあの『ロスト・イン・トランスレーション』の日本サイドのプロデューサーだし、Kは河瀬直美監督『萌の朱雀』でカンヌの賞を取った。あれがもう10年前になるのか。自宅で何気なくTVを観ていたら、突然タキシード姿のKが映ったのでびっくりした。Rは現在、タランティーノが『キルビル』の下敷きにした70年代前半の藤田敏八作品、そのシナリオを書いた伝説的な脚本家と次の企画を進めているとのこと。こうして映画の話をしていると、30年近く前、お互いの小さな木造アパートの部屋を行き来し、夜中まで映画の話をしていた頃と何も変わっていないのに気づく。
朝になって、車で来ていたRに家まで送って貰う。明日、11日は長らく海外赴任していた中学時代の同級生が帰国したので、地元新百合ヶ丘で仲間が集まる。そして14日からは去年と同じように、丹波篠山へ行く。特に意識したわけではないのだが、今年は旧友再会の夏になる。