今日も朝いちばんで訃報を聞いた。闘病中だったカンニングの中島さんが亡くなったという。こんなに悲しいことってあるだろうかと思った。長い間売れなかった。TVに出るようになってもアルバイトをしていた。確か『踊る!さんま御殿』に初めて出た時もそのネタで笑いを取っていたはずだ。相方の竹山さんが「さんまさんがしゃべり過ぎて押す(収録が長びく)と、中島がこの後バイトなんで困るんですよ!」というような。
午後、買い物から戻ってTVをつけると、ワイドショーで会見を中継していた。竹山さんは立派だった。僕が見た限りは一度も涙を見せなかった。ただ「いいヤツだった」「今はありがとうと言いたい」と言っていた。もうすでに涙が涸れるほど泣いたのかもしれないが、泣いても何にもならないと思っているのだろう。お笑い芸人は人を笑わせてナンボだ。これから年末年始の特番がたくさんある。此処でめそめそしたらお客さんが笑い難くなる、それを知り尽くしているのだ。男らしいとは、こういう態度のことだ。
お笑いの芸人さんはよく売れなかった頃の話をネタにする。とんでもない営業に行かされた、ありえない場所でネタをやらされた、食えなかった、おそろしく貧乏だったと。何故なら、それは売れた者だけに与えられた勲章だからだ。プロになると必ず試練を受ける。まったく受けない、受けるばすのないような条件でネタをやらされる。こんなはずじゃなかったと思うだろう。学生時代、面白いヤツだ、頭の回転の良いヤツだ、お前は絶対に有名になるぞと周りに言われた自信とプライドはズタズタになる。問題は、そこからどう勝ち上がって行くか、だ。
あのダウンタウンだって売れなかったと聞く。吉本興業の養成所NSC時代、特別講師で来た島田紳助やオール巨人に「アイツらだけは別格や」と太鼓判を押され、同時期に会社から無理やり出さされた今宮戎新人漫才コンクールではいきなり大賞を取り、審査委員長だった放送作家の重鎮・香川登枝緒から大絶賛されても、プロとしてお年寄りの団体客の多いなんば花月の舞台に立つとまったく受けなかったという。その脇を同期の、どちらかと言えば判りやすい笑いを提供していたトミーズやハイヒールがすり抜け、先にどんどんTVに出ていった。松本人志は、「誰よりも面白い自信はある、でも俺らは売れへんかもしれん」と周囲に漏らしたと言われている。それが、社会というものの壁だ。
男の子は、時が経てば自然に男になるわけではない。それは一般の社会でも同じだ。俺はどうしてこんなことが出来ないのだろうと無力さを知り、どうしようもない世の中の不条理さを前にして愕然とする。相手が取引先だから、こちらが下請けだからという立場だけで小突き回されるような扱いを受ける。くだらない、ただ上司だから年上だからというだけのバカにクズ扱いされる。そして、ひとりアパートの冷たい部屋で、会社のトイレの中で、何度も絞り出すように泣いたヤツだけが男になれる。
病は非情だ。頑張った者に対しても、頑張らなかった者と同じように降りかかる。70年代、大塚まさじや故・西岡恭蔵らが結成していたザ・ディラン・セカンドというバンドに「男らしいってわかるかい」という曲がある。ボブ・ディランの「I Shall Be Released」に日本語詩を付けたものだ。“男らしいってわかるかい?/道化師(ピエロ)や臆病者のことさ”と逆説的に語られる唄だが、“でも俺をこんなに変えてくれた/昔の友がいるんだ”という歌詞もある。