本日はjogも自粛して朝からひたすら原稿書き。昼前に1本書き上がり、夕方までにごく短いものを2本。夜は高田馬場のコアマガジンへDVD画面の取り込みに行く。7時半過ぎ、相当寒いだろうなと覚悟して出たが、ユニクロのヘンリーネックシャツ(長袖だが生地は夏物のように薄い)、無印の春秋物ジャケット、この冬ジーンズメイトで買ったコートの三枚で少しも寒さを感じない。暖冬だと言われているけど本当だよなあと思う。てゆーか、上から下まで安物で揃えたオレってどーよ、とも思うが・・・。
8時半頃に着いて40分ほど作業。帰り際、夜10時まで開いている駅前の未来堂書店を覗き『レコード・コレクターズ』誌を買う。今月の特集は少し前、木村カエラをヴォーカルに迎え再結成したサディスティック・ミカ・バンド。それをパラパラと読みながら東西線で中野へ出ると、ホームには派手な純白のスーツ、髪をグリースでリーゼントに決め、あまつさえ真っ赤なマフラーをなびかせたキメキメ男がいる。「えっ、何者?」と思ってハッと気づいた。今夜は武道館で矢沢永吉のコンサートがあったのだ。
昨日とあるマイミク(mixi内でのお友達の意)さんが日記に、永ちゃんのライヴ・チケットが取れたのに体調が悪く熱まで出て行けないかもしれない、どうしようと書かれていたので知っていた。以前、TVで糸井重里さんが「永ちゃんのライヴにはたくさんの人が永ちゃんに成りきって来る」と言っていた。中野駅ホームのキメキメ男氏も、その口だったのだろう。ただし九段下辺りじゃ当たり前でも、中野では明らかに浮いていたが(涙)。ちなみに若い人は知らないかもしれないが、糸井さんはかの『成りあがり』を聞き書きしてまとめた人である。
矢沢永吉率いるキャロルがデビューしたのは、アマチュア時代に出演したフジテレビの『リブヤング』というTV番組がキッカケだったというのは良く知られている。プロデューサーのミッキー・カーティスが生放送直後に局に電話をかけ、リーダーの矢沢に直接レコード制作を持ちかけたという逸話が残されている。それからさほど時間をおかずに大阪からは桑名正博らのファニー・カンパニーがデビュー。さらにはイギリスで起こった古いロカビリーをリ・メイク/リ・モデルしたグラム・ロックに影響されたバンドも現れる。その代表格がサディスティック・ミカ・バンドだ。
それらの二つの動きが合流して、一大ロックンロール・リヴァイヴァル・ブームが生まれた。僕が中学生の頃だ。その後も『リブヤング』(司会はキンキンこと愛川欽也だった)では何度もロックンロール特集が組まれた記憶がある。日比谷野音からの生中継というのもあったばずだ。同番組にはあの村八分も出演したけれど、チャー坊や山口冨士夫がケバケバしい化粧をしていたから、グラムロックという扱いをされていたのかもしれない。
グラムに影響されたバンドには他に、僕が大好きだった
ウォッカ・コリンズや、つのだ☆ひろがドラムのスペース・バンドというグループもあった。ギターがその後SHOGUNを結成する芳野藤丸、キーボードは後にミカ・バンドに合流する今井裕。ベースが現在ファッションショーのプロデューサーになっている四方義朗(当時の表記はヨモヨシロー)だったこともあり、これもオシャレなバンドだった。フロントに立つ藤丸とヨシローが揃ってギブソンのフライングVを持っているのがカッコ良かった。特にフライングVのベースというのは当時すごく珍しくて、日本で初めて弾いたのが四方義朗だったんじゃないかなあ、なんて気もする。
てなことを考えながら我が家に帰り着き、iMacG4を立ち上げてmixi経由のメッセージをチェックしていると、前述のマイミクさんが新しい日記がアップされていた。熱も下がったので永ちゃんのコンサートには無事行けたとのこと。良かったですね。