怒りは何処へ消えたのだろうと、時々考えた。数年前まで、僕はちょっとしたことにイラつき怒り、喧嘩を売った。それがある時期にすっと消えた。穏やかな性格になったのでも、大人になったのでもない。ただあまりにバカバカしい世の中なので、怒ったり悲しんだりするのに心の底からうんざりしただけだ。たけど今日、夕方からジムに行ってマシンをやっていると、何故か数年前の不愉快な出来事がまるでシャイニングのように背骨の奥から押し寄せて来た。時々言葉を交わすインストラクターの人に「ちょっと力まかせかなあ」と笑いながら言われた。
夜、眠ろうとベッドに入ると、足が異様に冷たくなっていた。つま先と足の裏が氷のように冷え切って、反対にふくらはぎと太股の裏側が火のように熱くなっていた。手で擦ったり足の熱い部分に当ててみてもどうにもならず、一時間ほどそうしていた。すると、何故がその間中ネコのことを考えている自分に気づいた。この部屋で一緒に暮らした相棒達ではない。もっとずっとずっと昔に実家で飼っていたネコだ。僕が高校一年の時に、学校帰りバス停脇の側溝にいたのを拾った。
確かあれは大学二年の時だ。母が親戚の法事で二日家を留守にすることになった。父も仕事で関西にいて、兄はすでに家を出ていた。母に一日だけで良いから家に寄ってネコの様子を見てやって欲しいと頼まれた。でも僕は初めて出来た恋人と遊んでいて彼女と離れがたく、とうとう家には戻らなかった。母が親戚の家から戻った時、ネコは泡を吹いて痙攣していた。慌てて動物病院へ連れて行くと、どうやら自分で耳の奥を引っ掻いてしまい、爪の中にあったばい菌が脳の方に廻ってしまったらしいと言われた。
ネコはそのまま死んでしまうことはなかったが、それを境に少しずつ弱っていき、3年後に死んだ。雌で、白く毛並みの美しい、大人しくて心優しいネコだった。獣医はひとり放っておいたから耳を引っ掻いてしまったわけではない、その後の寿命とも因果関係は無いと言ってくれだが、僕があの日戻って一晩抱いて寝てやったら、彼女はもう少し長生きしたのは確実だろう。足の冷たさと格闘する間、何故かそのことを考えていた。何年も何年も、ずっと忘れていた。一度たりとも思い出すことは無かった。それに気づいた時、足は嘘のように温かくなっていた。
怒りも哀しみも寂しさも、決して何処へも消えない。ただ氷のように冷え切って、そこにとどまっているだけだ。