今日初めて、この日記を読んでもらっているという面識のない方からメールを頂いた。ありがとうございます。そして、その人が海外に住んでおられるという内容のことが書いてあり、ああ、自分はインターネットに文章を書いているのだなあ、と今さらながらに思った。
当然のことだけれど、エロ本なんていうマイナーなメディアに書いているライターは、誰かから文章に対するリアクションを貰うことがほとんどない。寂しいけれど反面物怖じせずに何でも書けるということは正直あるし、決して悪いことでも無いと、実は思っている。「いったい誰が読んでるんだよ?」と思いつつそれでも書くというのはある時期まで一種の決意表明だった。
何故なら八〇年代の前半まで、僕自身がその「誰か」のうちの一人だったからだ。末井昭による『ウィークエンドスーパー』から『写真時代』、中沢慎一による『ビリー』、そして亀和田武らによる三流劇画と呼ばれた劇画誌。それらを「コレ、書いてる人は誰が読んでると思って書いてるんだろうなあ」と思いつつ読みふけった。
インターネットも同じだ。考えてみれば僕はいまだに末井さんの
《絶対毎日末井日記》に毎日アクセスしているし、こうして誰に届くかもわからない日記も書いている。マア、三つ子の魂何とやらというか、進歩がないというか(涙)
今日はフト、買ったもののほとんど聴いていなかったボブ・ディランの
『タイム・アウト・オブ・マインド』(1997年)をかけたら思いのほかハマッてしまい、終日エンドレスで聴きながら『ビデオ・ザ・ワールド』誌のAVレビューを書きました。このアルバムもプロデュースはダニエル・ラノア。ひょっとしてこの人のサウンドメイクがこの時期の僕の気持に合うのかなとも思いました。さて今日で今月の「仕事」の原稿は終わりです。明日からまたいつものアテのない文章書きに戻ります。