7時起床。四日ぶりに走る。iPod Shuffleには相変わらず風都市系を入れている。ココしばらくずっとアタマの中ではこの手の音楽が鳴っていることもあり、トイレに
『風都市伝説〜1970年代の街とロックの記憶から』(音楽出版社)という本を置いて、仕事に飽きるとパラパラと読んでいた。奥付を見ると04年5月の発行だから、おそらくもう3、4回は読み返していると思う。そして読むたびに新しい発見がある。
これは音楽評論家の北中正和さんが中心になって、はっぴいえんどやあがた森魚、はちみつぱい等が所属していた風都市という音楽プロダクション──とも一概には言えないのだが──を描いたルポルタージュである。形式としては当時のスタッフ、ミュージシャンに取材しその発言をアット・ランダムに並べていく「オーラル・ストーリー」というスタイルを取っている。このやり方には『ウッドストック〜1969年・夏の真実』(ジョエル・マコーワー著/新宿書房)という名著があって、タイトルに年号が入ってることから見ても、北中さんの意識の何処かにはこの本があったのではないだろうか? ともあれ、どちらも素晴らしい本であることは間違いない。
本の終わりの方で伊藤銀次による「例えば浜崎あゆみの音楽はメロディだけ聴いていると昔の歌謡曲とは違うように聞こえるけれど、そにはある質感は僕らがそうじゃないものを作ろうとしていた頃の歌謡曲とさほど違ってないように思える」という発言がある。そう、問題はその「質感」というものなんだな、という気がする。既成の歌謡曲が良い悪いというレヴェルの話じゃなくて、はっぴいえんどやシュガー・ベイブなんかが持っていたのは、何処にもない手触りの音楽だった。それは古いとか新しいとかいう問題でもなく、少なくとも僕にとっては「リアル」ということだった。風都市の音楽には、自分が今見ている風景がサウンドとリズムによって的確に描写されているような、そんなリアルさがあった。
夜、仕事で『廊下は静かに〜小森愛』(宇宙企画)を観る。これは八〇年代に一世を風靡したさいとうまこと監督による最後のアダルトビデオ作品だ。何というか、久しぶりに冷水を浴びせられて眼が醒めたような気がした。先日、映画評論家の阿部嘉昭さんからmixi経由でメールを頂いた。阿部さんは
『精解サブカルチャー講義』(河出書房新社)でも僕の撮ったAVについて触れてくださっているのだが、それもあって久しぶりに自分が映像を撮っていたのを思い出した。書く、ということに埋没して、AVを作っていた頃の自分から少し遠く離れて過ぎていた。おそらくさいとう監督もそうだと思うけれど、僕らはAVという媒体の中で、何処にもない、今までにない「質感」の映像を撮ろうと思っていた。それは「映画」とか「TV」とかではない、「そうじゃないもの」だった気がする。そうあらねば、あの頃僕らが感じていたセックス観とか少女像というものを、描くことが出来なかったのだ。
ちなみに『廊下は静かに』は他2本と共に
『宇宙企画Classic〜小森愛』に収められている。画質から言っておそらくマスターテープからのDVD化だろう。こういった名作を廉価版で出すということ以上に、AVを作品として捉え原盤管理をしている宇宙企画の姿勢が素晴らしいと思う。それにしても少し前、同業のライター沢木毅彦さんとも言い合ったのだが、『廊下は静かに』ってタイトルは本当にすごい。