(昨日の続き)小学生の頃から愛読してやまない永島慎二先生の連作シリーズ『漫画家残酷物語』にも、「哀蚊」という短編がある。昨日紹介した太宰治の「葉」に出てくる「哀蚊」をモチーフにした作品だ。扉ページには<秋まで生き残る蚊を「哀蚊」といい、「蚊燻しは焚かぬもの。不憫ゆえに」といわれています。>という引用もなされている。とても哀しい物語である。若手の漫画家・江尾柿太はとあるパーティの席で、子どもの頃から憧れていた人気漫画家・横川童太と出会う。横川は江尾が想像していたとおりの優しい人格者で、家に帰れば子煩悩な父であり、何より「子どもたちに夢を与える児童漫画家」という職業に愛と誇りを持っていた。江尾は益々横川を慕い尊敬するようになる。この作品は1962年貸本向け劇画雑誌『刑事』(東京トップ社)に掲載されたものだ。執筆時期から考えると、横川童太は戦後まもなく講談社から発行されていた『ぼくら』『少年クラブ』、集英社の『日の丸』『おもしろブック』といった月刊の少年雑誌に連載を持っていた漫画家であろう。この頃の少年誌といえば、まだ戦前の江戸川乱歩や山中峯太郎ら影響下にあった絵物語が誌面の半分ほどを占め、漫画は可愛らしく明朗快活なものが主流だった。例を挙げると前谷惟光の『ロボット三等兵』、杉浦茂『少年けんじゅう王』、大友朗『冒険くろちゃん』といったところだろうか。横川のモデルはこの辺りにありそうな気がする。

しかし光文社発行の『少年』で手塚治虫『の鉄腕アトム』が、続いて横山光輝の『鉄人28号』が人気を博した頃から流れが一気に変わる。これは1959年に週刊の『週刊少年サンデー』『週刊少年マガジン』が創刊され、劇画ブームが到来して決定的となる。ゆえに横川童太のような漫画家は時代に取り残されていくのだ。印象的なシーンがある。江尾柿太がある出版社を訪ねると、応接室から誰かが口論している声が廊下まで響いている。どうやら連載を切られた漫画家が編集者に抗議しているらしい。しかし交渉は決裂、「バカヤロウ!」と罵声を残して出てきたのはあの温厚な横川先生であった。彼は江尾に言う。「売れていた頃は盆に正月に来るなと言っても社長が挨拶にきた」「けれど15年続いた連載を切るときは電話1本だ。せめてお疲れさまでしたのひと言があってもいいじゃないか」と。次に2人が会うのはクリスマスの深夜喫茶である。あの子煩悩な横川先生は、成長した長男から「売れない漫画なんてもうやめて他に仕事を探せ」と怒鳴られ、家では描けないので一人喫茶店で仕事を進めているのである。
そして数年後、江尾柿太は担当編集者が数人仕事場に詰めて原稿を待つ、まさに売れっ子漫画家になっている。一息つけるのはトイレの中だけだ。そこで彼は新聞の記事を眼にし、かつての人気漫画家・横川童太がガス自殺したことを知る。ラストは江尾が涙を流しながら「横川さんは、殺されたんだ!」呟いて再び机に向かい、編集者たちの「オイ、聞いたか横川童太」「ああ、自殺だったらしいな」「昔は人気があったけどなあ」という無責任な発言を背中で聞くところで終わる。
※写真は永島慎二
『漫画家残酷物語・完全版』(発行:ジャイブ 2010年)全3巻。「哀蚊」は2巻に収録されている。現在最も入手しやすい『漫画家残酷物語』はグループ・ゼロ発行の
『漫画家残酷物語(マンガの金字塔)Kindle版』全3巻だが、残念ながらこちらに「哀蚊」は収録されていないようだ。data:iPhone15Pro ×2 #Instagram #MOLDIV #ORIGINAL
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