コロナとその後遺症が、こんなに苦しいとは想像もしてなかった。昼間はひどい倦怠感に苛まれ、夜は背中からの悪寒と手足の異様な冷えに襲われる。真夜中に電気敷き毛布を入れ羽毛布団にくるまって震えていると、ジョン・シュレシンジャーの名作『真夜中のカーボーイ』を思い出す。オレもダスティン・ホフマン演じるラッツォのように、小便を漏らしながら一人孤独に死んでいくのではないかと考える。死ぬのは別に怖くない。かつて一緒に暮らした相棒たちの元へ行けるならむしろ幸せだ。ただ、やり残したことが多すぎる。特にコロナにかかってから、書き下ろしの原稿が大幅に遅れている。焦るばかりで体力がついていかない。それが口惜しい。昨日の日記でリンクしたドキュメンタリー映画『デヴィッド・クロスビー:リメンバーマイネーム(DAVID CROSBY: REMEMBER MY NAME)』の撮影時(2018年頃)から、クロスビーはいつ死んでもおかしくない状態だった。3回の心臓発作で倒れ、他にも幾つも体調不良を抱えていた。
それでも彼はマイケル・リーグ、ベッカ・スティーヴンズ、ミシェル・ウィリスという、息子娘のように歳の離れた若い気鋭のミュージシャンと共同作業を続け、果敢にツアーに出続けた。作品の中ではクロスビーの妻・ジャンが、「彼は実はとても重症なの。だから彼がツアーで家を空けると、もう二度と元気な姿で帰って来ないのではと絶望的になるのよ」と、涙ながらに語るシーンが印象的だった。2018年にクロスビーが、盟友であり最高の音楽パートナーだったグラハム・ナッシュから「デヴィッドとはもう会うことはないだろう、僕は彼が嫌いだ」と絶縁されたことは、ファンにはよく知られた事実だ。クロスビー自身も、前述のドキュメンタリーの中で「昔は厄介者で後先考えず、女たらしで身勝手だった」と語り、ナッシュの発言についても「どの時点であれ、僕はグラハムと友だちに戻れるとは期待していない。ニール(ヤング)は僕を心底嫌ってる。彼のガールフレンドについて悪く言った(女優ダリル・ハンナを「貪欲な毒婦」呼ばわりした)からね。ああ、後悔しているよ」との非を認めている。
そもそもクロスビーは60年代後半からヘロインに溺れ、70年代後半からはほとんど曲が書けず、酩酊状態で交通事故を何度も起こすわ、銃器法違反で実刑判決も受けた。グラハム・ナッシュやジャクソン・ブラウンなどの親友たちが何とかドラッグを断ち切らそうと病院に送り込むが、脱走を繰り返した。最終的にはアメリカから不法出国して海外逃亡を企てるも、ギリギリのところで自らFBIに連絡。ダラス刑務所の独房で4カ月を過ごした後、テキサスの厚生施設に移って薬物依存の治療プログラムを受けた。そして1986年8月に社会復帰を果たしたものの、その後もトラブルは絶えなかったようだ。結果かつての栄光も、それを共に分かち合った旧友たちもクロスビーの前からは消えた。彼にはもうこれから作り出す、新しい音楽しか残されていなかったのだと思う。『デヴィッド・クロスビー:リメンバーマイネーム』は、そんなクロスビーが無事ツアーから戻り自宅で妻のジャンとハグし合い、それでもまたニューヨークへ行き、マイケル・リーグらと新しいアルバム作りに励むというシーンで終わる。
※YouTubeはアメリカのラジオ局「NPR(National Public Radio・ナショナルパブリックラジオ)」の人気コンテンツ、「Tiny Desk Concert(タイニーデスクコンサート)」より。デヴィッド・クロスビーとマイケル・リーグ、ベッカ・スティーヴンズ、ミシェル・ウィリスによるThe Lighthouse Band(ザ・ライトハウスバンド)のパフォーマンス。
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