昨日の続き。あれは2003年の春の終わりだった。僕は雨宮まみさんの初めてのWEB日記「NO!NO!NO!」に強い衝撃を受け、載っていたアドレスにメールを送った。当時少なくとも日本ではブログというものが一般的ではなく、「日記鯖」「さるさる日記」といったレンタルWEB日記サービスがあって、ライターの一部が日記や身辺雑記を書いていた。勝谷誠彦が『勝谷誠彦の××な日々。』を、「さるさる日記」で始めたのもこの頃だ。ただし彼女のは日記でもブログでもなく、短文だがとても完成度の高いエッセイだった。当時僕はとあるアダルト雑誌に毎月4ページ、比較的自由なテーマで書ける連載を持っていたので、紹介させてもらえませんかとお願いしたのだった。ちょうど同じ頃、雨宮さんがカンパニー松尾監督へのインタビューに訪れ、松尾さんも彼女の「NO!NO!NO!」を知ったのだと記憶している。僕らは「すごい書き手が現れたよね」と少し興奮して語り合った。そこから「3人で一度ご飯でも」という流れになったのだと思う。
昨日書いたパラダイス・ガラージこと豊田道倫さんは、当時カンパニー松尾がライヴを撮り続けていたミュージシャンである。雨宮さんは大学生の頃から豊田さんのファンで、在学中『Quick Japan(クイック・ジャパン)』誌(太田出版)の応募原稿が採用された際、当時の編集長・北尾修一さん(現「百万年書房」代表)から「ライターとして誰かインタビューしたい人はいますか?」と聞かれたとき、「カンパニー松尾と豊田道倫」と答えたと、後から教えてもらった。年が変わり2004年の2月、日本では「mixi」がサービスを開始。大ブームになってSNSの時代がやってくる。雨宮まみさんは僕と同じようにアダルト誌の編集者からそのキャリアをスタートしたが、彼女がフリーランスのライターに転身した頃から雑誌はどんどん勢いをなくし、廃刊・休刊が相次ぐ。ところが雨宮さんはウェブメディアに原稿を書き続け、それが多くの若い女性から支持され、ウェブの連載が次々と単行本化されていった。その意味では、まさに時代を駆け抜けた作家だったと思う。
※写真は当時使っていた「iMac G4 (Flat Panel)」。まだディスプレイとは別に半球体の本体があり、スピーカーも別だったんだなあと思い出した。
2007年1月3日の日記より。ちなみにネコたちはiMacを買い換えるたび、新しいものにお引っ越ししております(=^・^=)。data:(元写真)ニコンD70、AF-S DX Zoom Nikkor ED 18-55mm F3.5-5.6G。ISO・200を、iPhone12Pro 0.5 × #Instagram #MOLDIV #ORIGINALにて変換。
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