先週日曜放映のNHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』第19回「箱根駅伝」を、昨夜やっとのことで観終わった。この物語のテーマが何かと言えば、「受け継いでいくこと」になるかと思う。日本に於けるオリンピックやスポーツは、自然発生的に生まれたものではない。すべて先人たちのたゆまぬ努力、その積み重ねによって育まれた。それは選手や指導者だけでなく、マラソン足袋を開発した「播磨屋」店主・黒坂辛作(三宅弘城)までが含まれる。それら膨大な数の人々全員が、役所広司演じる嘉納治五郎言うところの「黎明の鐘」なのであって、明治から昭和30年代まで連綿と重なる大群像劇、これこそが脚本・宮藤官九郎の構築したい世界観なのだ。さらに先週の第19回で、語り部・古今亭志ん生(ビートたけし)の二人の息子、金原亭馬生と古今亭朝太(後の古今亭志ん朝。)が登場するに至り、作者の意図はより明確になった気がする。
宮藤官九郎はオリンピック大会やスポーツの発展だけではなく、芸事を含むこの世界のすべてのものは「受け継いで」いくものなのだと言いたいのではないか。脚本であっても小説であってもはたまたノンフィクションであっても、それはたった一人の作者の唯我独尊で作り上げるものではない。先人たちの残した作品があり苦労や創意工夫、人となりがあって現代まで引き継がれている。だからこそ金原亭馬生と古今亭朝太を、若き日の志ん生を演じる森山未來の一人三役で表現したのだ。この二役、三役というのはいわゆる「ポスト新劇」、60年代以降のアングラ演劇でしばしば使われる手法だと思うけれど、それがロックの歌詞にもよく用いられるダブルミーニング、トリプルミーニングの効果にもなっているというところが、クドカンの類い希なる才能なのだ。おまけに「駅伝」という「襷を繋ぐ」競技という意味まで入れ込み、さらには「駅伝落語」を書いた五りん(神木隆之介)の父は戦争で死んでいて、その意志も「受け継いで」いるという念の入れようである。早くも明日の放送が楽しみ(^o^)/。
※写真は5月5日放映『いだてん〜東京オリムピック噺〜』第17回「いつも2人で」より。東海道五十三次駅伝のアンカーとして東京の街を疾走する金栗四三(中村勘九郎)。data:iPhone6 #Instagram #MOLDIV #DAYLIGHT
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