仕事上必要があったので、料理家・高山なおみさんの
『帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ。』(文春文庫)を図書館で借りてきて読んだ。不思議な本だった。夢の話が多い。1/3くらいはそうだ。しかし、10代から20代の頃の回想、あるいはリアルタイムを語っているものでさえ、夢か現実か判然としない。こんな文章がある。高山さんは雨上がり街を自転車で走っている。知らない道ばかり選んでいたら、住宅街の中で小さな公園の入口に出くわしたので、自転車を停め入って行こうとする。すると作業服姿の頭の禿げた中年男がニヤニヤ笑って近づいてくるので、「変な人なのかもしれない」「恐いな」と思って、脇にあった自動販売機で特に飲みたくもなかったお茶を買ってやり過ごす。
男がそのまま歩き去ってしまったので、彼女は少しほっとして公園に入る。想像していたよりずっと広かった。犬がいてトンポが飛んで、ウォークマンをしている若者や、子どもを連れた母親がいる。そして何気なく見上げてみると、空には虹が浮かんでいた。そこで彼女は気づく。「さっきのおじさんは、私に虹が出ていることを教えようとしていたのだ」と。この後もしも「そこで目が覚めた」と書けば、夢の話になってしまう。僕は、こんな不思議で人の心を打つ文章を他に知らない。
※写真は『帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ。』のカバーを複写。元写真の撮影は日置武晴氏。data:iPhone6 #Instagram #MOLDIV #JOKER