朝寝坊の遅い朝。だらだらしつつ、うーん、ねむい、フトンから出たくないなあと思いつつ、そうか、今日は3月11日、あの日も3月にしては寒い一日だったのだと思い出した。『AV黄金時代』『東京ノアール』、2冊の本を一緒に作った太賀麻郎くんと彼の自宅近く、世田谷代田のファミリーレストラン『VOLKS』で打合せ中、あの揺れがきた。午後2時時46分。5時過ぎまでそこにいて、当時住んでいた小金井市まで約6時間かけて歩き始めたのだが、身体は火照ってくるのに手だけがどうしようもなく冷たく、自分の喉の辺りに手のひらをつけて温めながら歩いた。途中喉が渇いてコンビニに入ると、普段はパンやおにぎりが並ぶ棚が空っぽで、ジョージ・A・ロメロのゾンビ映画のように不気味だった。

家にたどり着くと本棚が倒壊して足の踏み場もない部屋で、ただiPhoneだけを眺め続けた。昨日の日記にも書いた中学時代の同級生Nくんからメールがあって、当時渋谷で某私鉄勤務だった彼は、「JRは19時の段階で運休を決めた。でも自分たちは東京メトロと共に帰れない人のために駅舎を開放し、終夜運転を続けるつもり」書いていた。40年来の付き合いで、いつもヘラヘラ笑い続けているNがめずらしく怒っていた。さりげない文面の中で、その意思をひしひしと感じた。絶望や恐怖や不安の中にあっても、困っている人を助けよう、自分たちにはその責務があると自覚している人がそこにいた。
やはり昨日会った自動車販売メーカー勤務のKくんが当時は福島勤務で連絡が取れないと、また別の友人からメールが来た。翌日市内のホテルになんとか非難して無事という報告を得たが、建物にはひどい雨漏りがあり余震の揺れも激しく、街中ではコンビニ等からの略奪が横行しているともあった。その後、僕だけしゃないと思うけれど、被災地以外に暮らす我々は、
ACジャパンの「こまでしょうか」というCMを見続ける日々となる。今となると、とても懐かしい。生きているから、懐かしいという感情があるのだと思う。
※写真は2011年、4日後の3月15日。確定申告のため外出した新宿駅ホームを中央線車内より写す。電車が普通に走っているのがとても不思議だった。data:ニコンD70、AF-S DX Zoom Nikkor ED 18-55mm F3.5-5.6G。ISO・200。
htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-25397403"
hx-vals='{"url":"https:\/\/jogjob.exblog.jp\/25397403\/","__csrf_value":"31b8c7426dc119f3b64aeab868f7728d43e21c51e85e5d6325fcecc2fd39b4772df12f374b659268e82f30d6bb62d050b187c61283468d025ea3d960259d6cc1"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">