最初は夕方の6時頃だったと思う。例によって仕事からの現実逃避でFacebookを開くと、音楽ライターの能地祐子さんの<嘘でしょう? 嘘と信じたくて何度も読んだ。>というコメントと共に、「Legendary Singer David Bowie Dead At 69」というタイトルの記事(『Huffington Post』)がリンクされていた。それからというもの、Facebook、twitterには、様々な人の驚き、哀しみ、嘆き、追悼、感謝のコメントが溢れた。我々は偉大なるアーティスト、そして世界の恋人を失ったのだ。僕はといえば昨夜、というか正確には今朝方に見た、死んだ親父の夢が妙に生々しく甦った。
去年の3月15日の日記 にもアップしたが、父は映画『戦場のメリークリスマス』で、デヴィッド・ボウイ氏と共演させてもらっている。役柄もボウイ演じるジャック・セリアズ少佐の通訳だったから、同じ画面に収まることも多かった。夢の中の親父は晩年のそれではなく、50代前半くらい、つまりちょうどその頃の風貌だった。
そもそも大島渚監督の俳優起用は「一に素人、二に歌唄い、三、四がなくて五が役者」と言われた。「素人」は、古くは『無理心中 日本の夏』で主演ネジ子役に本物のフーテン娘・桜井啓子を使ったことに始まり、遺作『御法度』の松田龍平まで。「歌唄い」は『日本春歌考』の荒木一郎に『帰って来たヨッパライ』のザ・フォーク・クルセダーズと、希有な才能を発掘し続けていた。だからそれなりに予想は付きそうなものなのだが、昭和一ケタ生まれでポピュラー音楽に圧倒的に疎かった親父は、撮影地ニュージーランド自治領ラロトンガ島に入るまで、デヴィッド・ボウイが誰だか知らなかった。「何だか知らんがイギリスの若い流行歌手だろう」くらいにしか思っていなかったのだ。
ゆえに当然、若き日のボウイがリンゼイ・ケンプの元でパントマイムを学んだとか、大島監督が『戦メリ』の主演にオファーする決め手となったのが、ブロードウエイの舞台版『エレファント・マン』でボウイが演じたジョン・メリック役だったなんてことも当然知らなかった。だから最初に絡むシーンのリハーサルから強い衝撃を受けた。いや、それはショックというよりも、彼にとっては天地がひっくり返るような体験だったらしい。芝居も台詞も実にシンプルで短いものだ。椅子に座るボウイの周りを親父の演じる軍律会議通訳がゆっくりと歩きながら、皮肉交じりに「死刑執行の日が決まったよ」というようなことを告げる。するとボウイは一瞬の間を空けて、「ああッ」と悲鳴とも嗚咽とも取れる声を上げて顔を伏せるのだ。
たったそれだけの演技である。でも親父はそのとき、いったい何が起こったのかわからなくなるほど驚愕したらしい。ボウイの発した声、肉体とその周囲に、何かただならぬものが生まれたのだ。親父は酒を飲むとよくこの話をした。何度も何度も、した。でもしつこく繰り返される息子の方も、「いいよ、その話何度も聞いてるよ」とは言わなかった。何度聞かされても、デヴィッド・ボウイという役者、パフォーマー、アーティスト、いやその存在の起こした奇跡のような瞬間が、酒飲みの繰り言の中にもしっかりと感じ取ることができたからだ。ただし僕はもちろん、間近に体験した父親も、上手く言葉で表現することはできなかった。それはデヴィッド・ボウイという偉大な芸術家が、その存在ゆえに作り出した無形の作品だったからだ。今、その魂は天に昇り、肉体は消えつつある。彼の残した録音物、映像からその意味と美をどのように受け取り抱きしめていくか、それは残された我々に課せられている。
※写真はYouTubeにアップされている英語版予告編
「Merry Christmas Mr. Lawrence trailer」 より。data:iPhone6 #instaplus #Normal #CRT
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