iPad miniで人生が変わりました──なんて書くと大げさだけど、でもやはり変わりました。大きく変わった。ジップロックに入れてお風呂に持ち込むことで、入浴の時間を無駄にせずネットの調べ物も出来るしメール・チェックも出来る。Facebookのコメント欄への書き込みなんかも出来るし、短いものなら仕事のメールも書いて送れてしまう。
「可愛い子ネコの動画も見放題(=^・^=)」、なんてことをこの日記に書いたのが今年の2月10日。そして最近もうひとつ大きな変化が。それは、マンガを読むようになりました。僕は1958年生まれだから、小学校2年生の時に『週刊少年マガジン』で「巨人の星」の連載が始まり、4年の時には「あしたのジョー」が始まった。それらをすべてリアルタイムでむさぼるように読んできた、言わば劇画どストライク世代である。
だからその後もずーっとマンガと共に青春を歩んできたワケだが、ある日、フッと読むのをやめてしまった。マンガ週刊誌を買うのをやめたのは、『ビックコミック』で作・林律雄、画・高井研一郎の
「総務部総務課山口六平太」の連載が始まった頃だと記憶している。調べてみると1986年だという(驚くべきことにこの作品は現在も連載中なのだ!)。僕の個人史的には編集者を辞めてAV監督になった頃である。今となってはその時、いったいどんな心境の変化があったかは判らない。ともかくそれ以来、パタッと週刊誌もコミックスも読むのをやめてしまった。そして40才を過ぎた頃から、小学生中学生頃に読んだマンガが単行本で復刻され、ポツリポツリと買い求めるようにはなったのだが、もう、かつてのように熱狂して読むことはなくなってしまった。
大きな理由のひとつはやはり老眼だと思う。特に四六判のコミックスだと、細かい絵とフキダシの中の小さなネームを読むのが本当にしんどい。眼も頭も疲れ果てて、楽しむどころじゃなかった。そしてそれ以上に、何と言ったらいいんだろう、あの、子どもの頃に味わったワクワク感をもう得られなくなっていた。おそらく自分自身の眼というもの、その能力が10代の頃とは格段に衰えすぎていて、絵からその感動を得る力がなくなっていたのだと思う。いや、能力と共に感性も消えたような気がした。だからもう、この人生でマンガに熱中することはないのかなと思っていた。ところがiPad miniをお風呂に持ち込むようになり、そうするとFacebookなどには時々無料で読めるマンガがリンクされている。何気なく読んでみたらこれが面白かった! あの頃の感動がリアルに、何故かとても素直に享受出来たのだ。これはいったいどういうことだろう? 単に紙面(画面)の大きさということでは決して、ない。
何しろiPad miniは、まさに四六判コミックス程度の大きさしかないのだ。特に拡大して読んでいるわけではない。とすればディスプレイで見ているからか、あるいはデジタルというものが、アナログとはまったく違った視覚作用を僕の眼にもたらしているのだろうか。ディスレクシア(識字障害)の子がiPadを教室に持ち込むのを許された途端、読み書きの能力が上がることがあるらしい。そういったことと近いものがあるのだろうか? 判らない。ともあれ、そこで子どもの頃、大好きだった貝塚ひろし先生の
『太陽に打て』がkindle化されているのを知ってダウンロードした。するとどうだろう、僕の感性は、小学生のあの頃に戻ってしまったのである。たったひとつの、この薄っぺらいデバイスで人生は変わる。デジタル器機というのは、ひょっとすると僕みたいな素人には想像も出来ないほどの、大きな可能性を秘めているのかもしれない。
※写真はkindle版『太陽に打て』(作画・貝塚ひろし)第3巻より。主人公・舟木豪が、超高校級スラッガーと言われた兄・舟木哲を、千葉の港町の駅で見送る。この作品や貝塚先生に関しては、書き始めると長くなるのでまたいずれ。data:iPhone6 #instaplus #Velvic #RVP100