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1970年代を代表するブリティッシュ・ブルーズロック・グループ、フリーの元ベーシスト、アンディ・フレイザーが亡くなった。大好きなベース・プレイヤーだった。62才。若い。あまりに若すぎる死である。というのもアンディがフリーに参加したのはわずか16才の時。さらにその前、ジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカーズでプロのミュージシャンとしての活動を開始したのは15才だった。このグループはエリック・クラプトンやジャック・ブルース、フリートウッド・マックのミック・フリートウッドやジョン・マクヴィーが参加していたことでも知られるけれど、アンディが在籍していた時には、こちらもまだ19才だったミック・テイラーがいた。ともあれ僕はこのアンディ・フレイザーという人の抱えた不運は、若くして音楽的才能に恵まれすぎたこと、そしてロックに於けるエレクトリック・ベースという楽器を選んでしまったことだとずっと思っていた。これはジャコ・バストリアスの悲劇にも共通するはずだ。
![]() これに関しては後年サイモン・カークがインタビューに答え、「あの頃、アンディの態度に我慢がならなくなっていた。彼は楽器なら何でも、誰よりも上手く演奏出来た。才能は本物さ。でもちょっと人を見下すようになっていたんだ」と語っている(『レコード・コレクターズ』誌2010年4月号「ブリティッシュ・ロックの肖像」富岡秀次)。アンディ・フレイザーの弾くエレクトリック・ベースの魅力は数多くあるが、最も特徴的なのはサイモン・カークの叩き出すタイトなリズムに対し、実にセンシティヴなタイム感で音をズラしていき、絶妙なグルーヴを作り出すことだ。これはバンドの音全体が完璧なまでに見えてないと出来ないことだし、サイモン・カークが言うように他のメンバー誰よりも楽器が堪能だったからこそ可能だったプレイかもしれない。しかし、逆に言えば彼にはすべてが見えすぎたのではないかとも考えられる。 フリー解散後、ポール・ロジャースとサイモン・カークはモット・ザ・フープルのミック・ラルフスとキング・クリムゾンのボズ・バレルを加えたバッド・カンパニーで、アメリカンナイズしたロックに転向して大成功を収める。一方ポール・コゾフはバック・ストリート・クロウラーというバンドを結成してより深くブルーズを追求するものの、ドラッグ癖から逃れられないまま体調を壊していき、1976年3月19日、ツアー移動中の飛行機の中で、まるで眠るように息を引き取った。そしてアンディ・フレイザーはクリス・スペディングとシャークというバンドを作るもののすぐに脱退。その後はアンディ・フレイザー・バンドというリーダー・グループを作るが成功はしなかった。ここにはやはり、ロックンロールという音楽に於いて、エレクトリック・ベースプレイヤーというものが、楽器の性格上絶対に主役にはなれないという悲運があったと思う。 彼の弾くベースは、やはりサイモン・カークという稀代のリズム・メイカーがあり、ポール・ロジャースの名唱があり、ポール・コゾフの泣きのギターがあってこそ成立するものだったのだ。その後アンディ・フレイザーはイギリスを離れアメリカのカリフォルニアに移住するも、約20年もの間音楽から離れてしまう。ポール・ロジャースは「アンディに会いたいんだけれど、どうしても連絡が取れない」とインタビューで語り、一時期は死亡説まで出た。これには本国で結婚し2人の娘までもうけながら、ある日自分がゲイだと気づいたというプライベートな問題が大きく関わっていたそうだ。それでも2005年には約30年ぶりになるアルバムを発表し、2013年には42年振りの来日を果たした。その時にインタビューはYouTubeに現在も上がっているけれど、実に吹っ切れた、清々しい表情なのが印象的だ。 自分自身でも押さえることの出来なかった激情にも似た才能を、60才の還暦を迎えてやっとコントロール出来るようになった。重荷を下ろして解き放たれている──そんなふうに感じてしまうのは僕だけだろうか。しかし実はその時既にHIVに感染し、ガンも発症していたという。上にリングしたページにはかつての痩せっぽちの青年とは別人のような、鍛えあげられた姿が載っているが、これもガンの再発を防ぐだめに肉体改造した結果だそうだ。まさにこれから、音楽を自由に楽しくハッピーに出来るようになった、その矢先の死だったとしたら本当に残念だ。残念で、可哀想でならない。 ※写真は2002年に紙ジャケットで再発されたフリーのCD。中央、3枚目のアルバム『ファイアー・アンド・ウォーター〈Fire and Water〉』(1970年)の、左端がアンディ・フレイザー。この時もまだ17才だったはず。data:iPhone6 #instaplus #LCAgfa #CRT。
by tohramiki
| 2015-03-19 23:49
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