昨日の日記で、常に上手な写真が撮れるのか、はたまた偶然上手に写真が撮れてしまうだけなのかがプロとアマチュアの違いだ、というようなことを書いた。しかし、だからといってプロフェッショナルなカメラマンの撮る写真だけが素晴らしいとは限らない。写真はそこが面白い。2月16日に述べたのように、カメラマンではない文筆家の高杉弾さんやグラフィック・デザイナーの八木康夫さんが、しかもシャッターを押せば誰でも撮れてしまうポラロイドカメラで撮ったものがよかったり、もっと言えばその道ン十年のプロ写真家が一流モデルを被写体に入魂の撮影をするより、素人のお父さんが日曜日にガラケーで幼稚園児の娘を撮った写真の方が全然カンドー的、なんて場合はよくある。そうなってくると、「じゃあ、いい写真っていったい何だろう?」という疑問が生まれる。

昔、僕が編集していた雑誌でそんなテーマの座談会をしたことがあった。1980年代の半ばのことである。その中に森田富生という人がいた。末井昭さん編集の伝説的な写真誌雑誌『写真時代』(白夜書房)初代の副編集長で、その頃は『スーパー写真塾』(少年出版社)という雑誌の編集長だった。だから僕らは彼を「モリタ塾長」と呼んでいた。またこの人は赤瀬川源平さんの
『肌ざわり』を始めとする一連の私小説(尾辻克彦・名義)に、「目盛くん」という名前で登場する。それはともあれ、その時僕は目盛くん・・・じゃなかった森田さんに、「いい写真っていったい何だろう?」と訊いてみた。すると塾長はこう言ったのだ。「そんなの簡単じゃないか。いいものが写ってるのがいい写真なんだよ」と。この話は長くなりそうなので明日に続きます。
※写真は昨日。東京は雨の降り続く一日でした。オリンピックに買い物に行った帰り道、近所の団地のある小さな公園のジャングルジムを写してみた。data:iPhone6 #instaplus #XProPlus #503CW
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