東京は昨夜からの雨が、午前中いっぱい降り続く。去年の今頃は会社勤めを始めたばかりで、毎日がけっこうきつかった。要はサラリーマン生活をなめていた。これでも自分は日常的に2時間走れるのだからと、体力を過信していたのだ。最寄り駅にたどり着くともうくたくたで、これから家まで30分歩かなくてはならないのか? そう思うとさらにぐったりとした。でもそれを助けてくれたのが、この季節の雨だったと思う。傘を差し、濡れないようにゆっくりゆっくり歩を進めていると、身体も気持ちも次第にほぐれてくるような気がした。そしてアパートにたどり着き、2階への階段を昇り切ろうとする時、必ず幻影のようなものを見た。その年、五月の終わりに突然死んでしまった友人が、部屋のドアの前にポツンと立っている。そんな気がしてならなかった。
彼は僕を見つけ「おう」と声にならない声を上げ、そして小さく「すまんなあ、トーラ」と言う。霊とかそういう話ではない。単なる僕の思い込みである。でもそう思えば思うほど、彼の懐かしい声が本当に聞こえているような気がした。だから僕もアパートの鍵を取り出しつつ、「何言うてんねん、入れや。一緒にCDでも聴こか?」などと、心の中で呟いて部屋に戻った。去年の六月はそのように過ぎた。そして梅雨が明けてみると、毎日通勤していく生活にも、もうすっかり慣れていたのだ。
※写真は雨の夜。アパートの玄関より階下の自転車置き場を写す。data:ニコンD70、AF-S DX Zoom Nikkor ED 18-55mm F3.5-5.6G。ISO・1600。