記憶というのは不思議なもので、ひとつ思い出すと芋づる式に引っ張り出されるようだ──ま、僕だけかもしれれないが。昨日の日記で、仲良くなった新聞少年のOくんに新宿アルタ内にある輸入Tシャツ屋を教えてもらい、ジャクソン・ブラウンやグレイトフル・デッドのTシャツを買ったと書いた。今でもそうだが、その頃もデッドに関してはキャラクター商品が多く、その店でもTシャツが数種類売られていて、何枚か買った。特に気に入っていたのが『ブルース・フォー・アラー〈Blues For Allah〉』のアルバム・ジャケットが描かれてるもので、しょっちゅう着ていた記憶がある。というのもその年、つまり1988年の夏だった。鬼頭径五くんの2枚目のアルバム『LOW DOWN GAMBLER』(CBSソニー)のレコーディングが山中湖畔のスタジオであり、合宿形式で音録りが進められていたこともあり、泊まりがけで写真を撮りに行ったのだ。
僕はそういうプロフェッショナルな録音現場に立ち会うのは初めてだったので、楽しみであると同時に少し緊張もしていた。しかし小声で「オハヨウゴザイマース」とか言いつつ恐る恐るスタジオ入っていくと、ミキサー宅の前に座っていたエンジニアの小林金助さんが振り返り、「おっ、デッドのTシャツ着てるじゃないの!」と気さくに笑いかけてくれたのだった。金助さんと言えば何と言ってもRCサクセションのエンジニアであり、ベーシスト、リンコ・ワッショーこと小林和生さんの弟さんでもある。僕は初期の3人編成アコースティック時代からのRCファンだが、音作りでは1984年、通算8枚目のアルバム『FEEL SO BAD』が好きだった。特に芝浦の倉庫を借り切って一発録りされたというアナログA面「BAD SIDE」、1曲目の「自由」を聴けば判って頂けるかもしれない。詞・サウンドもさることながら、僕が個人的に思う最もRCらしい音だと感じていた。
金助さんは何せ仕事中だったのであまり無駄に話しかけることも出来なかったたのだが、『FEEL SO BAD』の録音風景に関してはどうしても聞いてみたかった。「広い倉庫でライヴ録りするというアイデアは、やはり清志郎さんから出たんですか?」と尋ねると、金助さんは少し照れくさそうに笑って、「イヤ、実はオレがそうした方がイイんじゃないかと思ってさ、メンバーに提案してみたんだよね」と言っていた。ところで鬼頭径五の2ndアルバム『LOW DOWN GAMBLER』は、その年1988年の9月に発売された。何故それをハッキリ憶えているかというと、レコ発のライヴが渋谷の『クアトロ』で行われたのだが、その前日か前々日に、昭和天皇が倒れられたからだ。今40才以上の人なら思い出すだろう、あの時は色んなイベントや行事が自粛された。鬼頭くんのライヴも予定通り行うかどうか、スタッフがずいぶんと話し合った末決行された記憶がある。