本日はジョギングを自粛して、午前中よりiMacに向かう。お昼近くになって遅い朝食。しばらくお雑煮が続いたが、一昨日食べ終わった。幸いなことに
12月9日の日記に書いた丹波篠山の兄弟、とっちゃんが送ってくれた新米がまだまだ残っている。「やでうでしや」と東海林さだおさん風に呟き、土鍋で炊きあげることにする。お米は朝起きた段階ですぐ洗い、ザルにあけておいた。水に浸す、真冬なので45分くらい。その時間を利用して、請求書を書くことにした。11月の初めに書いた原稿ぶん。会社の仕事が中断を余儀なくされ、「さてとどうしたものか」と考えていた時に頂いた仕事なのでありがたかった。ところで出版業界では、「請求書を送ってください」と言われる場合と、必要のない版元がある。僕の知る限り、雑誌を中心に発行している出版社は要らないところが多いように思う。
定期刊行物が多いので、すべてコンピュータ管理してしまうからだろうか。その辺の事情はよく判らない。また版元ではなく下請けの編集プロダクションなどは「必要」というところが多いように感じるけれど、その辺もどのような経理経営上の都合があるのかは知らない。どちらにせよ僕の場合、長らくアダルト系の雑誌出版社としか付き合いがなく、したがって請求書を書くという習慣はほとんどなかった。日常的になったのはこの10年くらいだろうか。だから最初は正直書くのが苦痛だった。そもそも字が下手なところにもって来て、多くの人がそうだろうがキーボード操作に慣れすぎボールペンを使うという機会から離れている。
しかも請求書というヤツはカーボン複写するためある程度の筆圧も要る。宛名書きをして封筒に入れ投函するという手間もある。一度口座番号を知らせておけば毎月自動的に振り込んでくれて、明細まで送ってくれることに比べればひと手間どころでは済まない。ただ、決して仕事に恵まれているわけではない最近は、その手間と作業が少し楽しくなって来た。メールなどで提示された原稿料を、ボールペンでこしょこしょと書き込んでいく。「そうか、あの時それなりに苦労して書いた原稿は、これだけの金額になったのか?」と実感する。「文章を書く」という、いわば虚実とも言える作業が、お金というリアルな存在に取って代わる瞬間と言ったら少し大げさだろうか。どちらにせよ、自由業者にしか味わえない小さな歓びだと思う。
htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-21492958"
hx-vals='{"url":"https:\/\/jogjob.exblog.jp\/21492958\/","__csrf_value":"35770b575501dade4539f446e39a20a201d36a017698f452f491af2d292b6dcf3c79a39b9c8926e56c7f096c61de056f1564938fa3e0b027c4b99bf73d2de029"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">