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5月21日の日記に、1990年に東良美季が作った「雨を見たかい/田中一郎スーパーノマッド」というPV(音楽プロモーション・ビデオ)がYouTubeにアップされていると書きましたが、もう1本ありました。金曜日の深夜、うだうだとお酒を飲みながらYouTubeを観ていて見つけた。「ミッドナイト シャッフル(Midnight Shuffle)」。概要の欄に〈田中一郎 from 「HOBO」(1989.6.14)〉とある。そう、こちらの方が先。一郎さんと初めて組んだのがこの仕事だった。当時僕は芳友舎(現h.m.p)というAVメーカーでアダルトビデオを撮っていたのだが、THE BOOMを世に出したことでも知られる音楽プロデューサーの佐藤剛さんが、「トーラくんも一度くらいメジャーの仕事をしてごらん。色々と発見があるはずだから」と誘ってくださったのだ。クライアントは東芝EMIだった。もうひとつ、田中一郎さんの前作は尾崎豊のPVで有名な佐藤輝さんが手がけておられたのだが、輝さんくらいのディレクターになるとアーティストへの演出の要求が厳しく、一郎さんとしては「もう少し楽しんで作りたい」という気持ちがあったようだ。
この「ミッドナイト シャッフル(Midnight Shuffle)」は、ファンの人たちの間では「田中一郎商店」という愛称で呼ばれた。というのも一郎さんの「楽しんで作ろう」という意図から、演奏シーンはしっかり撮るけれど、それ以外は何かバカバカしいことをやってみようと、ミーティングで色々とアイデアを考えたのだ。何かというとピックをコイン代わりに親指ではじくのも、その時に出たものだ。東芝EMIのディレクターさんの発案だった。そんな中で一郎さんが「明大前近くの甲州街道沿いに〈タナカイチロー商店〉って店があるんだよ。使えないかなあ? ただし『イチ』が『一』じゃなくて『市』なんだけどさ」と言い、「だったら夜中に行って、看板の『市』を『一』に代えちゃいますか。うひゃひゃ」なんていうバカ話から進んでいった。 すると田中一郎さんというのはいい意味でアーティストらしくないフットワークの軽い人で、「じゃあ、トーラ、これから一緒に頼みに行こうぜ」と言い、二人で京王線に乗ってお願いしにいった。確か乾物を扱う問屋さんか何かだったと思うが、一郎さんは「こんちわー」とずんずんお店に入っていって、あの博多弁で「ボク、ミュージシャンやってます、田中一郎って言います。そうなんですよ、おたくと同じ名前で、アハハー」と自ら撮影の許可を取ってくれた。それとこの作品のメインのカメラは、日本屈指のロック・カメラマンであり、「RCサクセション〜キング・オブ・ライブ」や「佐野元春〜No Damage」を手がけたロックフィルムの第一人者、井出情児さんにお願いした。一郎さんと情児さん、そして佐藤剛さんは、甲斐バンドのラスト・フィルム、「Here We Come 4 Souds〜甲斐バンド解散記念映画」を一緒に作った仲だった。何せ井出情児と言えば、村八分のあの写真を撮った人である。しかも写真家というだけでなく、自ら監督もされる人だ。僕としては嬉しいと同時に当然恐縮もしたのだが、それも一郎さんの「トーラみたいな若いヤツのカメラを、ジョージがやるってのがイイんだよ」というひと言で決まった。僕は30才になったばかりだった。 演奏シーンに使ったのは横浜の関内駅近くの、廃墟になった5階建ての喫茶店だ。昭和40年代くらいまではこういう、いわゆる「マンモス純喫茶」と呼ばれた大きな店舗があった。当時でもよく残っていたのもだ。これは芳友舎の同僚で、AV監督・島村雪彦さんのチーフ助監督をしていたSちゃんから教えてもらった。Sちゃんはどうやって探して来るのか、すごいロケ場所を見つけて来る天才だった(助監督には時々こういう人がいる)。ちなみにこの場面にはアリフレックス「スーパー16フォーマット」のカメラが使われている。井出情児さんはこの直前、同じ機材を使い利重剛監督の「ZAZIE」(日本ヘラルド配給)という映画を撮ったばかりだった。それを僕はたまたま聞いていて、「ぜひスーパー16で」とお願いしたのだ。これは16ミリフィルムを35ミリにブローアップして、劇場にかけられるものだ。つまり、僕の唯一のフィルム作品になった。楽器と照明のセッティングが終わり、軽くスモークを焚いて曇らせ雰囲気を出した中、情児さんが「監督、覗いてごらん」と見せてくれた。ビスタビジョンに切り取られたファインダーの美しさは今でも忘れられない。 ちなみにラスト直前4分40秒くらい、分割された左の画面、ステージに上がるバンドのメンバーとハイタッチする、30才のトーラミキが、ほんの一瞬だけ写っております。一応「舞台監督」という役廻りで、井出情児さんの「監督もワンカットくらい出なきゃダメだよ」という言葉での出演とあいなりました。以前の日記にも書きましたが、僕はこの頃ベータマックスのデッキしか持っていなかったため、この時期の自分の撮った作品を持っていません。YouTubeにアップしてくださった方、ありがとうございました。あとは鬼頭径五くんの「トレイン(Train)」(CBSソニー)という作品を、どなたかアップしてくださると嬉しいのだけれど──。 ※文中にも記した井出情児氏監督作品『佐野元春〜Film No Damage』は、長らく紛失したと言われていたマスターが見つかり、9月7日より全国で公開されているそうです。詳しくは上記リンクにて。
by tohramiki
| 2013-09-08 22:02
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