宮崎駿監督の新作映画『風立ちぬ』が公開され高い評価を受けているからだろう、主題歌の荒井由美「ひこうき雲」をよく耳にする。この曲を初めて聴いたのは、高校2年生の時だ。デビューアルバム『ひこうき雲』(1975年)の1曲目に収められている。この時既に3枚目の『コバルト・アワー』はリリースされでいたし、6枚目のシングルである「あの日にかえりたい」は、秋吉久美子主演のテレビドラマ『家庭の秘密』(TBS・1975年)の主題歌として耳にしていた。それでも荒井由美という存在は少なくとも僕の周辺ではあまり知られておらず、以前
『追想特急〜lostbound express』に書いた「コヤマ」という同級生が、クラスで唯一持っていて借りたのだ。いや、そんなことを言ったら荒井由美だけでなく、山下達郎も大滝詠一も、細野晴臣だって知る人ぞ知るのみの存在だった。それが、70年代という時代だった。
ところでユーミンのファースト・アルバムは、その細野晴臣率いるキャラメル・ママがバックアップしている。それもまた、はっぴいえんどを解散した細野晴臣(b)と鈴木茂(g)が、小坂忠とフォージョー・ハーフにいた林立夫(dr)、松任谷正隆(key)と、いったいどんな音楽を作り上げるのだろうかと、僕らロックファンは息を詰めるようにして耳を傾けたものだ。キャラメル・ママの演奏はそれ以前に細野のソロ・アルバム『HOSONO HOUSE』(1973年)で耳にしていたわけだが、それはあくまでも細野晴臣という才人の音楽感を表現したものであり、彼らが吉田美奈子の『扉の冬』(1973年)と共に、女性アーティストの世界を果たしてどのように描くのかに注目していたのだ。
それは細野さんが当時よく音楽雑誌で発言していた、「日本のマッスル・ショールズ・サウンドを目指す」という言葉や、ルー・アドラーがプロデュースし、ザ・セクションのダニー・クーチやラス・カンケルが参加したキャロル・キングの『つづれおり〈Tapestry〉』を重ね合わせていた。もちろん当時はマッスル・ショールズというスタジオが何処にあるのか、ルー・アドラーという人が何者なのかなんてさっぱり理解はしていなかったわけだが。それでも、大学生になって家を出ていった4つ年上の兄貴の部屋で、30センチ(12インチ)のレコード盤をプレイヤーに乗せ、息をひそめてその音を聴いた。その瞬間は今でもはっきりと思い出せる。現在テレビなどで耳にいるのとはおそらくアレンジが違うのではないか。高校の音楽室から微かに聞こえて来るような、そんなノスタルジックな松任谷正隆のピアノから始まる
「ひこうき雲」。そこにハモンドB3が被せられ、林立夫によるスネアのフィルが入ったところで、二の腕から肩にかけて鳥肌が走った。
思えば僕は、はっぴいえんども『HOSONO HOUSE』も大滝詠一のファースト・アルバムも、すべてロックとして聴いていた。荒井由美の『ひこうき雲』は、それまでに一度も体験したことのない新しい音楽だった。つまりはニュー・ミュージックだったわけだ。