相変わらず本はお風呂とトイレの中で読みます。それでも、やっと純粋に自分が読みたいと思うものをパラパラと眺められるようになりました。年末年始は特に、仕事上読まねばならない資料があまりにも多かった。というわけで新書の名著と言われて久しい、山之内靖先生の
『マックス・ヴェーバー入門』(岩波新書)を。ずいぶん昔に『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の訳者として知られるヴェーバー学の第一人者、大塚久雄さんの『社会科学の方法〜ヴェーバーとマルクス』という、これもまたものすごく判りやすい新書を読み、へー、マックス・ヴェーバーって面白いんだなー、と思っていたのです。ココで教養のある人なら原典にあたるのだろうが、僕みたいな人間にはとても無理。そもそも大学生の頃に『プロテスタンティズムの〜』を試験前に読んだがサッパリ判らなかった(涙)。
まあ、マックス・ヴェーバーの文体は非常に難解だと言われているらしく、アホな大学生が一夜漬けで読もうというのがそもそも無理であり無謀であり笑わせんなよ、なのだろうが、ともあれ専門の学者さんが判りやすく解説してくれる新書というのは本当にありがたい。この本も全編ですます調で書かれた、高校生くらいでも理解出来そうな読み物である。特に「従来無視されてきたニーチェとの親縁性を明らかにし(中略)西欧の合理化過程が生みだした近代社会に根本的批判の目をむけ」と、Amazon.co.jpの内容紹介にはある。ニーチェが近代社会の批判者であり、後のポスト構造主義者たちに大きな影響を与えたのは有名だが、山之内先生によればヴェーバーも然り、ということらしい。まだ読み始めて数10ページだが、こんな一文がある。
〈近代ヨーロッパの合理化は賛美されるべきものではまったくなく、むしろ、「文化発展」の最後に現れる「未人たち」(レツテツ・メンシェン)を生み出す問題の局面に他なりません〉。そしてヴェーバーのこのような文章が引用される。〈こうした「未人たち」に対しては、「次の言葉が真理となるのではなかろうか」。「精神のない専門人、心情のない享楽人」であり、「この無のもの(ニヒツ)は、人間性のかつて達したことのない段階にまですでに登りつめた、と自惚れるだろう」〉。つまり合理性ばかりを追求して、頭が良くなったりお金持ちになったり豊かになったりした気分でいるかもしれないけど、そこには精神も心情も欠如しているんですよ、そんな人生が楽しいですか? そんな社会が幸せなんでしょうか、と問うてるのですね。ちなみにこの〈「文化発展」の最後に現れる「未人たち」〉という表現が、ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』からの引用だそうです。ツァラトゥストラも大学の授業で読んだんですがね、やはりまったく覚えてないです(涙)。
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