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新藤兼人監督が亡くなった。100才。昨年99才にして『一枚のハガキ』という名作を発表(この作品に関しては昨年9月29日に書いた)、その際「これが引退作」と宣言しながらも、尚次回作に意欲を見せていたと聞く。ウチの死んだ親父は戸浦六宏という芸名の役者だったわけだが、『かげろう』(1969年)、『讃歌』(1972年)、『我が道』(1974年)他数本の作品でお世話になった。昔から我が家ではオヤジとオフクロの間で「オーシマさん(大島渚監督)」と並んで「シンドーさん」という言葉はよく飛び交っていて、映画なんてゴジラ以外観たことがないチビの頃からその名はインプットされていた。新藤監督率いる独立プロ・近代映画協会は清貧を貫くストイックな映画作りをしていて、地方の公民館などを安く借り、スタッフ・キャスト一同泊まり込みで長期ロケに臨んだと言われる。大酒飲みで享楽的な生活を好んだ我が父がそれでもお声がかかる度に参加したのは、監督のことを心底尊敬してたからだと思う。
僕は常々自分の過去に於いて、「あの時ああしていたら──」と後悔することはめったにないのだが、それでも一つ二つはある。高校を卒業する直前のことだ。日大の芸術学部映画学科というところを受験した。映画は好きで、背伸びしてATGなど観ていた高校生ではあったのだが、その世界に進みたいという希望を持っていたわけではない。今はどうか知らないが、当時の日芸は試験科目が英語と国語の2科目しかなかったからだ。受験勉強なんてまったくしていなかったが、それならまぐれで受かるかも? というひどい動機であった。だからもちろん、結果は落ちた。しかしその前に、僕が映画学科を受けると聞かされた親父は、お袋にこう言っていたらしい。「アイツはバカだからどうせ受験には落ちる。その時には俺が新藤さんのところに紹介してやるから行かせろ。下っ端の助監督で鍛えてもらう」と(←この辺り、何だか『梅ちゃん先生』のお父さんみたいだな)。 折しもその時、新藤監督の新作『竹山ひとり旅』(1977年)が完成した直後だった。ウチの親父も林隆三さん演じる定蔵(高橋竹山)が旅の途中で道連れとなる、飴売りの行商人役で出演していた。その関係で、場所は確か今は無き東急文化会館の渋谷パンティオンだったが、高橋竹山本人の津軽三味線ライヴもあるプレミアム試写会の招待券が我が家にあった。偶然にもちょうど日芸の試験の日だった。一緒に受けに行った高校の同級生と共に、「絶対落ちたよなあ」などと言いながら観に行った。僕はひ弱で内弁慶な子供だったから、上下関係の厳しい、圧倒的な肉体労働である助監督なんて絶対に務まらないと判っていたし、基本的に甘やかされていたのでノンビリ浪人させてもらえるとは思っていた。しかし、映画を観て心が動いた。ひと言で言うと、『竹山ひとり旅』は驚くほどモダンな作品だった。当時65才の老監督が作る映像とはとても思えなかった。 3才の時風疹をこじらせ極度の弱視になってしまった定蔵(林隆三)は、母親の乙羽信子によって津軽では「ボサマ」と呼ばれる盲目の三味線弾きの元に修行に出される。彼にはおそらく元々才能があったのだろう、みるみる腕を上げ一人前になり結婚もするが、その女房は地元の豪農に犯され悲観して行方をくらませてしまう。絶望した定蔵は三味線一本を手に放浪の旅へと出る。ココがまずドライでハードボイルドだった。僕が好んで観ていたアメリカン・ニューシネマ、ハル・アシュビーの『ウディ・ガスリー/わが心のふるさと』や、ボー・ヴィデルベルイ『愛とさすらいの青春/ジョー・ヒル』に登場するホーボーのフォーク・シンガーのようだった。しかも東北の厳しくも美しい絶景の中で描かれる。それもまたデニス・ホッパーの『イージー・ライダー』や、ジェリー・シャッツバーグの『スケアクロウ』といったロード・ムーヴィーに登場するアメリカの風景を凌駕していた。日本でも、こんなにスケールの大きい作品が作れるのだと初めて知った。 しかし結局僕は新藤組の問を叩くことなく、平凡な予備校生になった。今にしてみれば本当にもったいない。世界的な映画監督の現場に触れる機会をみすみす逃した。オマケに僕なんかより何百倍もそういう仕事に就きたいと願いつつチャンスを得られない映画青年が数多くいる中で、親父のコネで簡単に入れて貰えそうになった──にも関わらず、である。その後1年浪人して大学に入ったものの、何かが学べたとは到底思えない。だったら18才という多感な時期、1本でも新藤監督の現場の空気に触れられたならば、後の人生にとってどれだけ有意義だったろう? しかも『竹山ひとり旅』の試写が日芸映画学科の試験当日だった、そこにはひょっとして、実は運命的な何かの力が動いていたのではないかと。すべてはこうしてオジサンになって初めて判り感じることではあるのだが、やはり後悔は残る。そんな気持ちも胸にしつつ、ご冥福をお祈りしたいと思う。
by tohramiki
| 2012-05-30 11:49
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