うどん供へて、母よ、わたくしもいただきまする──種田山頭火の句だそうです。本日5月13日は母の日でしたね。昨日、土曜日はテレ東、朝11時半からの『田勢康弘の週刊ニュース新書』を毎週観ますが、この番組はネコがスタジオ内をウロウロするのも楽しみなのだが、最後に編集後記として田勢さんが俳句や短歌を紹介する。そこで知りました。山頭火こと種田正一は山口県の大地主の家に生まれたが、彼が11才の時、母親が敷地内にある古井戸に身を投げて自殺する。父親が家や商売よりも田舎政治と芸者遊びにかまけ、妻をないがしろにしたためと言われている。家業は造り酒屋であったが、そんな父と正一本人の過度な飲酒癖によって破産。正一は今でいう酒乱のアルコール依存症であった。その後も熊本で古本屋を営んだりするものの、泥酔して錯乱、路面電車に飛び込む自殺未遂等の奇行を繰り返し離婚。やがて放浪の俳人となる。

しかし、正一の妻・咲野は別れても尚、何故か自殺した夫の母親の位牌を持ち続けていて、ある日それを彼の元へと送ってくる。この句はその時に詠んだものであるらしい。僕に山頭火という人の存在を教えてくれたのは、大学時代の友人Hだった。彼もまた旅の好きな男だった。Hのことは以前に二度(
06年3月5日、
07年11月25日)この日記にも書いた。僕があまりに文学的なことに無知なので、「お前、山頭火は知っとるよな」と、出身の島根訛りでそう訊いた。僕らは文学部哲学科というところにいたので、「一応、これくらいは読んどいた方がいいと思うぞ」と阿部次郎の『三太郎の日記』を貸してくれたのもHだった。昨日の日記で東急系の会社に勤めている友人がと書いたけれど、そのIもやはり一緒にツルんでいた哲学科の仲間だ。もう一人、旭川出身のOという男がいたのだが、彼とは連絡がつかない。
※國學院大學の学生は渋谷駅東口から、一昨日アップした大横断歩道を越え、金王八幡宮の脇を通って渋谷区東のキャンパスまで通う。写真はその金王神社と通りを挟んだところにある小さなお社の鳥居。たぶんここも、30年前と少しも変わっていないと思う。5月10日夕方5時過ぎに撮影。data:ニコンD70、AF-S DX Zoom Nikkor ED 18-55mm F3.5-5.6G。ISO・200。
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