5時半起床。GW進行ということで、昨日に引き続き早朝よりiMacに向かう。今日は少し長めのインタビュー原稿を書いた。400字詰め原稿用紙にして60枚程度。僕の場合、文章は長ければ長いほど楽しい。去年は約8ヶ月かけて原稿用紙にして約1,200枚強の
『東京ノアール〜消えた男優 太賀麻郎の告白』(イースト・プレス)という本を書いたわけだけれど、こういうのは何の苦にもならない。指先から溢れ出て来る言葉をキーボードでタイプし書きとめていくだけという感じ。けれど実は密かに、出来ればいつか詩のようなものも書きたいと思っております。数日前からジョギングする時に聴く音楽を、グレイトフル・デッドからジャクソン・ブラウンに変えた。そうすると、この人のような詩が書けたら、どんなにカッコイイだろうか、とつくづく思う。いやホント。
常々思うのだけど、僕が書いているような雑文はもちろん、小説やエッセイと、詩は根本的に使っている脳の部分が違うのではないか? よく左脳は論理を、右脳は感性・感覚を司るというけれどそれだ。だから詩というのは、文章というより絵画に近い気がする。いつかテレビでナインティナインの岡村くんが「漫才のボケの人は皆、絵が上手い」と言っていた。確かに、その岡村くんを初めダウンタウンの松っちゃん、千原ジュニア、バッファロー吾郎・竹若と、誰もが絵やマンガが上手だ。今田耕司、ケンドーコバヤシ、バカリズムといった人達も上手い。彼らも現在はピンだが元々はコンビのボケ担当だった。逆に『アメトーーク!』の「絵心ない芸人」は中川家・礼二を初めとしてツッコミの人が多い。例外はチュートリアルの徳井くんくらいではないだろうか。

何が言いたいのかと言うと、漫才コンビの場合、ネタを書くのはボケ担当が多い。つまり、絵を描ける人が文章を書けないというわけでは決してない、ということだ。その証拠に画家、イラストレーター、漫画家で文章の達人はたくさんいる。和田誠、東海林さだお、安西水丸etc. 池田満寿夫なんて人は芥川賞まで取った。村上龍だって武蔵美出身だ。話は戻って、日本のミュージシャンで僕が「すごいなあ、こんな詩が書けたら最高だなあ」と思う人に、友部正人さんがいるけれど、その友部さんに
『パリの友だち』(大栄出版)という本がある。これは1990年湾岸戦争時の旅行記。ヨーロッパへ向かう飛行機がたまたまイラク航空のものだったから、イラクのクエート侵攻のあおりを食ってバグダッドで足止めさせられるエピソードも盛り込まれているのだけれど、その後に渡るのがパリであり、茶畑和也氏による素晴らしい装画・挿絵の印象もあって、まるで一篇の文章がそれぞれユトリロやセザンヌが描く絵画のようだ。
※写真は定点観測シリーズ。本日午前6時45分撮影。
4月22日のものと比べると左右の大きな桜が赤みががって来て、中央右よりの小さな桜がやっと満開を向かえてのが判ると思う。data:ニコンD70、AF-S DX Zoom Nikkor ED 18-55mm F3.5-5.6G。ISO・200。
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