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久しぶりに8時過ぎまで寝た。ベランダに洗濯物を干しに出ると、寝間着代わりの長袖Tシャツ一枚でも陽射しが暑いほど。ネットのスポット天気によると9時の気温は17℃。正午には20℃まで上がるという。なので今期初めて、ジョギングパンツとナイキのノースリーブ・コンプレッション・シャツでjogに出る。例年だと4月末のゴールデン・ウィーク辺りからジョギパンになるので、約20日早い。桜は昨日の雨でもさほど散らなかったようだ。未だ満開の下を125分走る。午後、遅い昼食をとる時テレビを点けると、京都の祇園、花見客でごった返す四条通りを軽自動車が暴走し、4人が亡くなったというニュースをやっていた。運転していた30才の青年もその後追突死したとのこと。気になって夕方のニュースも観る。犠牲者は7人に増え、容疑者の家族という女性が取材に答え、青年には脳挫傷の後遺症でてんかんの持病があり、「運転はしないように」と何度も伝えていたと語っていた。不意に20数年前の出来事と、Sという名の一人の男を思い出した。
その頃僕はとあるアダルトビデオ・メーカーで専属ディレクターをしていた。Sは新しく入って来たAD(助監督)だった。現場でADを使うのは僕ら監督だが、採用に関して面接などはしない。雇うかどうかは会社が決めるのだ。プロデューサーによれば、Sはかの村西とおる監督の元で働いていたとのことだった。しかし体調を壊し入院したので辞めたという。僕が直接会ったのは撮影の前日だったと思う。ぶ厚い眼鏡をかけた、掴み所の無い男という印象だった。立ち上がって挨拶をしてくれたが、彼の名字は漢字3文字、音にすると4音。とても珍しい名で、しかも口の中でモゴモゴ言うので思わず「えっ?」と聞き返した。すると突然大声で、しかも怒ったように「・・・・ですッ!」と叫んだ。周りにいた人間が何ごとかと驚くほどだった。僕自身もめったにない名字なので聞き返されることが多い。Sは会う人ごとにそれが繰り返されるので、敏感になっていたのかもしれない。 それにしても変わった男だなとは思った。ただ、当時のAVは小さな映画並みのスタッフを要した。チーフ助監督さえしっかりしていれば、その下に就く者は黙々と働いてくれればいい。しかもSは村西監督の元にいた。つまりは経験者だ。性格的に多少問題があっても、役には立ってくれるだろうと思った。翌日の撮影は山梨県小淵沢でのロケだった。2台のロケバスと1台の機材車で中央道を行く。3列シートのワゴン車、僕は運転するSの助手席に座った。談合坂SAを過ぎた辺りだったと思う。集合時間が早朝だったため、車内にいる者はほとんど眠っている中、僕はダッシュボードに両足を乗せて台本を読んでいた。カット割りを考えていたのだ。すると真ん中のシートに座っていた若い技術スタッフが、「えっ、えっ、えっ?」と奇妙な声を発した。思わず台本から顔を上げると、2車線の高速道、Sは追い越し車線を走り、左側の走行車線を行く大型トラックを抜かそうとしていた。 しかし前方数100メートル先に工事中の看板が見え、そこからは1車線閉鎖になっている。僕らが走っている追い越し車線にはなだらかに三角コーンが並べられ、走行車線へと合流するようになっているのだ。当然我々の車が道を譲るところだ。しかしSは構わず突っ走る。速度は100キロ以上出ていたはずだ。トラックは激しくクラクションを鳴らす。Sはそれでも表情ひとつ変えずアクセルを踏み続ける。コーンはどんどん狭まっていく。最後列にいた、普段は温厚なベテランの照明マンが「バカヤロウ!」と叫んだ。接触するギリギリのところでトラックが急ブレーキをかけ、僕らの乗ったワゴン車はコーンを2つ、3つ跳ね飛ばし、ギリギリで1車線しかない走行車線に滑り込んだ。「何やってんだよ、お前」、僕は思わずそう言ったが、Sは青ざめることもなく、相変わらず何を考えているか判らない表情で正面を見続けていた。 本当に恐ろしかったのはその後だ。職業ドライバーであるトラック運転手は、Sに煽られバカにされたと感じたのだろう、逆に後ろから煽り返して来た。100キロ以上のスピードで暴走する僕らの車に、背後1メートルもない車間距離で接近し、激しくクラクションを鳴らし続ける。道はすぐ元の2車線に戻ったが、トラックは追い越そうとはせず後ろから煽り続けた。10トン以上はあろうかという大型トラックだ。軽く追突されただけでもどうなるか判らない。まるでスティーブン・スピルバーグの処女作『激突!』のようだった。僕は、とにかく後ろの運転手は怒ってる、スピードを落として先に行かせろと指示した。しかしSは「ハイ」と答えるものの依然無表情のままだ。眼鏡の脇から覗く眼は虚ろだった。そして一旦はスローダウンして路肩に寄せるのだが、トラックがスピードを上げて追い越そうとすると、何故か再びアクセルを踏んで再び後ろの走行を邪魔しようとするのだ。 それが何度繰り返されただろう。「やめろ、スピードを落とせ、路肩に寄せろ!」と数分間怒鳴り続けた末、大型トラックは怒濤のようにクラクションを鳴らして僕らを追い抜いていった。車内が平温さを取り戻した時、全身が自分の意に反してガタガタと震えているのに気づいた。生きた心地がしないとはこのことだった。取り敢えずそまののロケ地には向かったが、チーフ助監督に伝えて帰りは運転させなかった。撮影の後、会社に行くとやはり制作部はその話題で持ち切りだった。本人の姿はなかった。「Sって、あのSか?」とキャスティング担当の男が驚いた顔で言った。彼はかつて女優のプロダクションを経営していて、その時期村西監督の会社に出入りしていた。そして「アイツに運転させたのか、自殺行為だ。Sは分裂症だぞ」と言った。今は精神分裂という病名はない。統合失調症と呼ばれているはずだ。ともあれ、Sが前の会社を辞め、入院に至ったのはその病のためだった。 Sは数日後会社を辞めた。特に中央道の出来事が問題視されたわけではない。本人が自分から辞めると言い出し姿を消したそうだ。僕は専属ディレクターであったが、社員ではないので毎日出社するわけではなかった。だから、次に会社に行ってみるともういなかった。その後Sはどうなったのだろう、そして今は何をしているのだろうか。祇園で軽自動車を運転していた若者は死んだ。Sがもし今生きていたとしても、ずっと病気を抱え苦しみ続けているのではないかと考える。
by tohramiki
| 2012-04-12 09:39
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