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久しぶりに、夢中になって読んでいる本がある。平野肇・著『僕の音楽物語 1972-2011〜名もなきミュージシャンの手帳が語る日本ポップス興亡史』。著者は70年代から活躍するドラマーで、90年代からは推理小説の作家でもある。しかし僕は不覚にも作家としての活動は存じ上げず、ミュージャンとしても名前だけ、「確か平野融という人と兄弟でリズムセクションなんだよな」くらいの認識しかなかった。音楽評論家・北中正和さんの名著『アローン・トゥゲザー』の中に「麻生レミから荒井由美まで」という文章があり、まだ荒井性を名乗っていたユーミンのバックバンド、ダディー・オー(命名は細野晴臣だそうだ)のメンバーとして紹介されている。たぶん初めて名前を知ったのはその時だと思う。
もうひとつ、『Niagara Triangle Vol.1』の伊藤銀次セッションに名前があったのを覚えていた。本書を読んで判った。平野肇はリリィ&バイバイ・セッション・バンドの一員だったのだ。だから土屋昌巳の後釜として同グループにいた伊藤銀次の録音に、やはりメンバーだった吉田健(ba.)、斉藤ノブ(per.)と共に参加していた。それはともかく、物語は1972年の慶應大学キャンパス、2年生だった平野青年が同級生の松任谷正隆から、「小坂忠さんのバックバンドをやることになったから、ベースを弾かないか?」と誘われるところから始まる。これも知らなかった。小坂忠のバンドと言えばフォージョーハーフ、ベースはあの後藤次利だ。平野肇は最初ドラムではなく、ベーシストとしてキャリアをスタートさせる。 平野さんは慶應でフォークソングサークルに所属していたが、CSN&Yやザ・バンドに影響されてロックに目覚め、エレキベースを弾き始めたばかり。しかしあの松任谷正隆が声をかけたのだから単に友達だったからではなく、彼の音楽的才能を見抜いていたのだろう。当時細野晴臣らも暮らしていた狭山の米軍ハウスをバンドで借り、練習を始める。ただ、プロの世界の壁は高かった。突然小坂忠にライヴ・レコーディング・アルバムの話が持ち上がる。これが後に名盤として知られる『もっともっと』だ。ライヴ録音には極めて高く正確なテクニックが要求される。「僕としては平野くんの成長を待ちたかったんだけど」という小坂の言葉と共に、彼はたった1ヶ月でバンドを首になってしまう。なるほどそれで、アマチュア時代から名プレイヤーと呼ばれていた後藤次利にチェンジするわけだ。 普通の若者ならここで挫折してあきらめ、勉学に励みやがて就職したりするのだろうが、そうならないのは平野氏に音楽への情熱と縁があったからか? 傷心の彼は当時の慶應ボーイらしく、ひと冬妙高高原近くの燕温泉という小さなゲレンデに籠もり、スキーに明け暮れる。秘境のようなスキー場だ。ディスコのような遊び場はもちろんなく、テレビすらもない。娯楽と言えば食堂のジュークボックスのみ。しかしそこでステッペンウルフの『ワイルドでいこう』を繰り返し聴いているうちに、自然に身体が熱くなり、エアギターならぬエアドラムよろしくリズムを取っていた。翌春、3年生になり日吉から三田のキャンパスに移った時、再び慶應高校時代からの友人に「ヤマハのポプコンに出るんだけど、一緒にやらない?」と誘われる。そして平野青年は「弟も一緒にどうかな」と答え、やはり学生だった実弟・平野融をベースに、自分はドラムに転向。これが後のダディー・オーに繋がっていく。 本書の素晴らしさは、その類い希なるリアルな現実感である。日本のポップスに、フォークとロックというジャンルしかなかった時代。そこにティンパンアレーを先頭に、荒井由美、山下達郎といった、そのどちらにも括れない音楽、つまり後にニューミュージックと呼ばれる新しいサウンドが現れる。まさにその瞬間を筆者が現場で見て体験し、実際に同じ空気を吸ったという、音楽評論家や音楽ライターでは絶対に書けない肌で味わった感覚だ。例えばこんな場面がある。1975年5月日比谷野音のロックフェスティバル、共演のバンド、バンブーを舞台袖から観るという描写。バンブーは幻のグループだ。メンバーは林立夫に村上“ポンタ”秀一のツインドラム、ギターの大村憲司に、今井裕とジョン山崎のツインキーボード、ベースにはサディスティック・ミカ・バンドを抜けたばかりの小原礼、さらにパーカッションの浜口茂外也というまさにスーパーグループである。 まだフュージョンというジャンルが無かった頃、日本で初めてジャズでもロックでもないインストゥルメンタルを演っていた。正式な音源は一切残されていないはずだ。平野青年は初めて観る村上ポンタの、強烈なドラミングに圧倒される。ふと気がつくと傍らに高橋幸宏が立っていた。思わず「ポンタ、すごいね」と呟くと、幸宏さんは「いや、ミッチ(林立夫の愛称)がタイトにリズムを刻んでるからだよ。ミッチがすごいんだ」と分析する。まるでその時の音や野音に吹く風、ミュージシャン達の汗と熱までが伝わってくるようだ。他にもフォークの貴公子と呼ばれていた吉田拓郎のレコーディングに、あまりよく知らないまま呼ばれていくと、その圧倒的なロック・スピリットに圧倒される。曲はあの「ペニーレーンでバーボンを」だ。止めどなく溢れて来る言葉の洪水に、平野氏は「コード譜ではなく歌詞カードをください」と要求し、拓郎の言葉を聴きながらドラムを叩いたというエピソードもある。 もちろんバンドマンと言えば、ライヴ1回、スタジオは1時間幾らで雇われるしがない職業でもある。冒頭の首になってしまうという苦い体験を初め、バンドの解散、アクの強いスーパースターに振り回される、レコード会社からの理不尽な仕打ち等々、良い想い出ばかりではない。けれどそこを実に自然に、穏やかに書いてしまうのは、作家でもあるこの平野肇という人の才能であり、そして何より人間としての優しさ、ミュージャンとしての人柄ではないだろうか。全375ページのうち、今190ページ、ちょうど半分。読み終わるのがもったいないほど面白い。僕らと同世代の、あの頃の音楽を愛する人はもちろん、当時を知らないロックファンにも必読の書だと思う。
by tohramiki
| 2011-12-07 10:08
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