昨日の夕方、旧白夜書房時代の仲間、カメラマンのO君が突然亡くなったという知らせが届いた。昨日が通夜で、焼香に行ってきたマツヘンが詳しいことをメールで教えてくれた。O君は自室にいたところ、突然心臓に異変を感じ、自ら119番した。救急車は5、6分で駆けつけてくれたそうだが、彼は部屋の鍵をかけていた。当然と言えば当然だ。まさかそんなに早く自分が意識を失うとは思ってなかっただろう。救急隊員は鍵を壊すのに30分ほどかかってしまい、それが命取りになった可能性が高いとのこと。
O君といつ、どのように言葉を交わすようになったのかは良く憶えていない。というのは、当時の白夜書房では社員もフリーランスも関係なく、多種多様の人間が出入りしていた。1年365日休みナシ、入口に鍵などなく、24時間開いていた。夜中だろうが朝方だろうが誰かが働いていて、仕事をしてないヤツらは車座になって酒を飲んでいた。全員が若かった。だからフリーの人間も事務所など持っているはずもなく、ライターは会社の机を、デザイナー引き伸ばし機やトレススコープを使い、カメラマンはライトテーブルを使ってネガセレクトをした。
会社と書いたが、そんな雰囲気は微塵もなかった。我々には仕事、という意識すら無かったかもしれない。単に、それが好きだからやっていた。雑誌を作ることはクラブ活動のようであり、編集部は部室であった。僕は『ボディプレス』という名の、一応アダルトメディア情報誌という建前の奇妙な本を作っていて、隣の机では『元気マガジン』という風俗誌が作られていた。たぶん、O君は最初この雑誌に出入りしていたのではないか? どうも良く憶えていない。何しろ色んな人がいたのだ。まだ早稲田大学の学生だった勝谷誠彦氏が、その『元気マガジン』に執筆していたということも、6、7年前に初めて知った。
『ボディプレス』で一度、〈写真機たちの逆襲〉というタイトルの特集を組んだことがあった。とにかく世の中にある写真というものを、すべて並列にならべてみようというコンセプトだった。だから写真家・平地勲氏の撮影した山口百恵と、素人カップルが自画撮りしたかなりエグいセックス写真を見開きで掲載し、編集長の僕は「ウン、これは新しい、画期的だ!」なんてひとり悦に入っていた。同時に、ふだん付き合いのあるカメラマン達に、いつも撮ってるものとは違う写真を撮影して来てくれないか? と頼んだ。つまり、ヌードモデルや風俗嬢や、路上でナンパした女の子ではない写真だ。
O君は「鉄道写真撮りたいんスよ、ダメですか?」と言った。「実はオレ、写真の撮り始めって、中学生の頃の鉄道写真なんだよね」と。「いいね、撮ってきてよ」と僕は言い、彼は数日後、数本のポジフィルムを届けてくれた。髪の長い女の子が地方の廃線のレールや小さな無人駅に佇んでいるという、実に雰囲気のある良い写真だった。ところが、雑誌が出来てから、「トーラさん、これはないよ」と普段は温厚なO君がいかにも不満そうな顔で現れた。彼は夕景をアンバーに強調した色にして撮影したのだが、印刷では赤みが加えられ、全体にマゼンダっぽく仕上げられていたのだ。
当時のアナログな印刷では良くあることだった。製版の職人さんが、「こっちの方が良いだろう」と判断して色味を変えてしまうのだ。本来であれば、編集者である僕が色校正でオリジナルに近く戻すよう指示を出さなければならない。けれどマゼンダが強調されたものも決して悪くなかったため、ポジフィルムをもう一度確認する手間を怠ったのだ。「ゴメンゴメン、今度はちゃんとやるから」と僕は言い、O君も「もお、次はお願いしますよ」と笑ってその場は終わった。あれからもう25年が経った。実は、僕は未だに、もう一度雑誌の編集をしたいという夢を持ってる。現在の出版状況では、僕みたいなのが売れる本を作るなんて絶対に無理だろう。けれど、電子書籍とか、何が状況が変わったら、もう一度出来るかもしれない、次は、今度はあの頃よりも良いものが作れるのではないかと。けれどO君との「次」だけは、永遠に失われてしまった。
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