変わりばえのしない日常が続いております。もう5月も近いというのに春眠暁を覚えずな日々は終わらず、今日は昼寝をしていたらあまりに爆睡したのか、自分のいびきで眼が覚めた。やれやれ。その後iMacに向かって原稿を書いていて、田中実さんという役者さんが自殺したというニュースをネットで見た。仲代達也さん主宰の「無名塾」出身というのを初めて知った。もうずいぶん前になるけれど、同じ「無名塾」出身の女優、中原果南さんに会ったことがある。当時、僕と同業者のライター沢木毅彦さんは中原さん主演のお昼の帯ドラマ、『はるちゃん』にハマッていた。青柳裕介の劇画が原作の、温泉旅館の仲居さんをヒロインにした物語である。
沢木さんがレギュラーでインタビュー記事を書いていた『URECCO』(ミリオン出版)という雑誌があり、AVの情報やヌードグラビアも載っているのだが、誌面がとてもオシャレで、表紙はけっこう有名なグラビアアイドルが飾っているということもあり、編集部に頼んでダメもとで事務所に打診してもらったら、ナント通ってしまったのだ。僕は興奮のあまり「オ、オレ、カメラマンやる!」と言って無理矢理ついて行った。場所は六本木俳優座裏にある「無名塾」の事務所。通された応接室の壁には『裸の太陽』(1958年・ベルリン国際映画祭青少年向映画賞)とか、『鍵』(1959年・カンヌ国際映画祭審査員賞)、『人間の條件』(1961年・ヴェネツィア国際映画祭サン・ジョルジョ賞)なんていう、仲代塾長の賞状がズラリと飾られ、僕らはド緊張した(涙)。
けれど、現れた中原さんはドラマ『はるちゃん』そのままの気さくな人で、尚かつ「清潔感」という言葉がこれほど似合う女性っているんだろうかと驚くほど美しい人であった。同行した担当Oくんという編集者は、取材後「石鹸の香りがして来そうでしたね」と言った。インタビューの中で僕が特に印象深く覚えているのは、「無名塾」の試験にまつわる話だ。詳しい数字は忘れてしまったが、確か応募者数百名。そこから最終段階で10人ほどに絞られ、残った候補者が1週間くらいの合宿形式で厳しい芝居の稽古をして、その中から僅か1人か2人が合格する。「そうなるともう全員が同志のようになっちゃうんです。選ばれるとか落ちるとかはもう関係無く、『お互いこの場で出会えて良かったね!』って」と中原さんはおっしゃっていた。
試験の段階でそうなのだから、同じ元塾生であった田中さんの悲報に、きっと今頃中原さんは心を痛めておられるだろうなと想像する。今、Wikipediaで調べてみて、2002年春にやはり「無名塾」所属の平井真軌さんという俳優さんと結婚されたと知った。僕らがお会いしたのは確か『はるちゃん』の2シーズン目だったから1998年。もちろん東京ミッドタウンまだはなかったが、あの裏側、檜町公園で写真を撮らせて貰った。もう13年も前になるのか。
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