6時起床。118分走る。一週間ぶりだ。桜は花が散って茶色い房の部分が落ち、地面いっぱいココアパウダーを敷き詰めたようになっている。一週間でケヤキやイチョウの新緑はますます葉を広げて鮮やかだ。その中に白とピンクのハナミズキも咲いている。今朝は湿気が多く公園の木々全体が少しもやっていて、ルネ・マルグリットの描く幻想的な森みたいに見える。ああ、これから本格的に美しい季節がくるんだなあと思う。
だけどTVでは今日も一日中尼崎の列車事故のニュースが続いている。何となく人為的ミスというセンが出てきてますますやりきれなくなってきた。1分、2分の遅れで運転士や車掌は厳罰に処されるとか、あの区間はJR、阪神、阪急の三社が競合していて値下げと時間短縮の激戦が行われていたとか。だいいち、何故線路からわずか6メートルの場所にマンションが建っているんだ。要は何の哲学も計画もないまま都市が作られ線路が引かれ、ベッドタウンが作られたということじゃないか。
利便性って何だろうって思う。駅から徒歩数分の場所に住むということ、ターミナル駅へ出来るだけ早く着くこと、そんなに大事か? オマケに電車は朝夕満員だ。大学時代の友人で、満員電車に乗るのがイヤだという理由で、就職した会社を一週間で辞めた女の子がいた。彼女はその後海外へ出て、今もニュージーランドに暮らしている。そういったメンタリティを許さないのがこの国だ。彼女のお母さんは彼女が会社を辞めると言った時「どうして他の人が我慢出来ることをあなたは我慢出来ないの」と言ったそうだ。だけどそうやって我慢して我慢して、そのあげくに手にしたのが今のこの国のカタチだ。
AVライターなんて商売をやっていると、時々ビデオテープを駅まで届けにくる未知の編集者がいる。たいていは若い人だ。誰もが口を合わせたように「ずいぶん遠くに住んでるんですねぇ」と呆れたように言う。遠くまで来さされた皮肉のつもりだろうか、「何ンでこんなに不便なところに住んでるんですか」とせせら笑うヤツまでいる。電車に乗ってる時間だけなら新宿駅から20数分だ。冷静に考えれば少しも不便でも遠くもない。こうなってくるとそもそも都市における利便性というモノの概念自体が怪しくなってくる。そこにはただ何となく、何の根拠も無しに駅から近いところ、都心まで数分で行けるところの方が良いという漠然とした思考──とは呼びたくもないが──があるだけだ。
彼らは満員電車に乗るのがイヤだから会社を辞めようなんて夢にも思わないだろう。何も考えていないからだ。そこにはもう、何かを我慢して耐えればいつか幸せになれるという理想すら消えた。そして彼らは列車事故のニュースを見て「俺、もう先頭車両には乗らないことに決めた」と言うだろう。でも、残念ながらそれでは何も変わらない。