7時起床。今日は夕方から出かける予定なのでjogは自粛。いつものように起きてすぐ風呂に入りストレッチだけしてiMacに向かう。4日前にあった山松対談のテープ起こし。ゲストは平野勝之くん。前にも書いたけれど、これはタイトル通りAV監督のカンパニー松尾くんとバクシーシ山下くんが毎回ゲストを招いて行う鼎談なのだが、今回はヤマちゃんが過労でダウンしてしまったためカメラマンであり、HMJM代表でもある浜田一喜くんに代打に立ってもらった。
浜ちゃん──と僕は呼ばせてもらってるが──は日本一AVのパッケージを撮っている男とも言われているけれど、同時にとても男気を感じさせる写真を撮る人だ。ハダカを撮るカメラマンに“男気”というのもヘンな話だが、
HMJMトップページのポートレートを見てもらえばわかると思うけれど、基本的に女の子に対する視線が真っ直ぐで堂々としている。写真というのはオソロシイもので、撮る側の気持ちが出てしまう。時々女の子が恐い、ビビッて撮ってるカメラマンというのいるが、写真にはそれがどうしても出る。
浜ちゃんは元々石垣章という人のアシスタントだった。石垣さんというのは僕らくらいの世代でエロ本を作ってた者にとってはとても重要な人だ。僕が石垣さんと知り合ったのは1985年か86年頃で、『奇妙な果実』という写真集がフランスの写真誌『フォト』に紹介され話題になっていた。また、同郷のミュージシャン・遠藤ミチロウさんの写真を撮ったり、モデルと二人っきりでラブホテルに入りセックスしながら撮影するという、元祖ハメ撮りみたいな『鏡の部屋』という写真集もあり、序文を村上龍さんが書いていた。石垣さんの写真にもやはり“男気”があった。
石垣さんだけに影響されたわけではないけれど、僕も初めてエロ本とはいえ編集長というものになった時、とにかく自分の好きな写真だけを載せようと思った。青山墓地の中にたぶん戦前からのものだろう、古い十字架など外人墓地のような一角があり、当時すごく人気のあった竹下ゆかりという女の子を連れて行って少し幻想的な写真を撮った。ごく普通のヌード写真を撮っても面白くないと感じてたからだ。浜ちゃんと初めて会った時、彼は石垣さんの事務所でその写真を偶然見て「いつかこういう写真を撮れたらいいなと思ったんですよ」というような話をしてくれた。彼は当時16才くらいの不良少年で、特にカメラマンになりたいというのではなく、とにかく何かがやりたいという気持ちだけで石垣さんの元へ行ったのだという。
夕方、新宿へ向かう電車の中でドアにもたれて立っていると、前に男の子二人女の子一人の三人組が楽しそうにおしゃべりしている。聞くでもなく耳を傾けていると「卒業と同時に教習所に通ってる」「外国語はフランス語を履修した」等の内容が聞こえる。たぶん今年大学生になったばかりの子達なのだろうと思いフト気がついた。1985年頃、僕が石垣さんと知り合い竹下ゆかりの写真を撮り、浜ちゃんがそれを偶然眼にしたという頃、この子達は生まれたばかりかそれともまだ影も形も無かったのだ。
ところで「1985年、あなたは何をしていましたか?」というのはジョージ・ルーカスの映画『アメリカン・グラフティ』公開当時、キャッチコピーとして使われたフレーズのモジリです。