昨夜は深夜2時過ぎまで仕事。さすがに疲れ、効率が悪く原稿が進まなくなったので、少し気分をリフレッシュしてみようと横になる──が、これが何故か眠れない。一時期の熱帯夜は和らぎ、決して寝苦しいわけではないのだが、何故か一瞬たりとも意識が遠のかない。結局あきらめて4時前に起き出し、のろのろと仕事を再開する。「そうか、ハラも減ったし、ゴハンを食べれば眠くなるか?」と簡単な食事をとるも変わらず。陽が昇り暑さが増した午前10時頃になってやっと眠気がやって来る。
ベッドに横になるとカクンと眠りに落ちる。しばらくしてふと眼が覚め、「あー、よく寝た」と思って時計を見ると10時40分。30分くらいしか眠ってない。それでもシャワーを浴び、頭を洗うと圧倒的にスッキリした。3時過ぎまで原稿書きを進め、外出。原宿駅近く明治通り沿いの「松下工房」にてメンテナンスに出していたエレキベースの引き取り。その足で神宮前2丁目のHMJMへ。『ビデオ・ザ・ワールド』誌で隔月に連載している「山松対談」。今回のゲストは菅野賢司氏。
90年代はこの鼎談のホストであるカンパニー松尾、バクシーシ山下両監督のプロデューサーであり、それ以前、80年代後半は僕と、この日記には良く登場して頂く豊田薫さんと共に、同じAVメーカーで共に過ごした専属ディレクターだった。神野龍太郎という監督名で、あの豊丸や樹まり子といった人気女優のヒット作を数多く手がけた。しかし5年程前自ら新興メーカーを立ち上げ、それが失敗。億単位の借金を抱えた。正直なところ、ひょっとするともう二度と会えないのではとも思っていた。しかし、久しぶり会った管野さんは昔と少しも変わらず、C調で女好きのエロオヤジだった。良かった!(笑)
鼎談が終わったのが8時近く。寝てないのでさすが疲労困憊していたが、地元の小田急線新百合ヶ丘駅近くで開かれていた、中学時代の同級生の集まりに少し遅れて顔を出す。地方に出向しているサラリーマンの友人がいて、GWやお盆の時期にしか会えないのだ。11時近くまで飲み、再び小田急、井の頭線、中央線を乗り継いで帰宅。その間、ずっと仙頭武則・著
『ムービーウォーズ〜ゼロから始めたプロデューサー格闘記』という本を読んでいた。先日、シナリオ修行中の和ちゃん、K子ちゃんと共に下北沢の街をふらふらと歩いている時、とある古本屋の100円均一コーナーで、まるで「何かに呼ばれた」ように買い求めた。
仙頭氏は元WOWWOWのプロデューサーで、大ヒット映画『リング』『らせん』を製作した。というより、一昨年亡くなった僕の親友Kこと、小林広司と共同プロデースで河瀬直美監督作品『萌の朱雀』を作り、カンヌ映画祭でカメラ・ドール(新人監督賞)を受賞した人物。この本はそんな彼が90年代前半、日本映画を大きく変えていく様子が生き生きと描かれている。しかし、そんな仙頭氏も2000年に制作した石井聰亙監督『五条霊戦記〜GOJOE』が興行的に惨敗。膨大な負債を抱え、現在は所在すら判らない状態だという。友人Kの葬儀にも結局姿を見せなかった。この歳になると、いつ何時、突然会いたい人と会えなくなるか判らない。会える時に、無理をしても会っておきたい。今日のように。