6時起床。出来るだけ仕事を片付け、午前10時過ぎに家を出る。霧のような雨が降っている。気温は低いが湿度は高い。やはり、とても梅雨明けしているとは思えない。正午、半蔵門のB社にて、AV男優の
佐川銀次氏インタビュー。面識はあったのだが、ちゃんと話を聞くのは初めて。ごきげんな人である。銀ちゃんはロックンローラーだった。高校時代からバンド活動に明け暮れ、音楽事務所に所属してデビューのチャンスをうかがっていた。しかしなかなか売れず、運送屋のバイトをしてた時、同僚から声をかけられる。「役者の仕事があるんだけどやってみないか?」と。
芝居なら、本業の音楽にも役立つかもしれない──そう思った銀ちゃんは撮影へ。しかしそこは映画でもVシネでもなく、AVの現場だったのだ。素人時代、「AV男優なんて世の中で最低な職業だろう」と思っていた。しかし、考えてみれば「売れないバンドマンが何気取ってんだよ」てなもんだ。だったらやってみよう、一度自分が最低だと思ってた仕事に就いて、身も心も裸になってみよう。そうしたら、何かが見えてくるかもしれない。
元々は京浜地区の不良だった。中学時代から暴走族に入り、週末は新宿のディスコで遊んだ。高校に入ると、ロックバンドをやってる同級生から声をかけられる。彼らは高校生にしてしは演奏が抜群に上手く、音楽への造詣も深かったが、いかんせん社交性に乏しく人気が無かった。そこで、「佐川がウチのバンドに入ってくれたらなあ、お前はヤンキーの友達たくさんいるじゃん? 客呼べるからさあ」と誘われる。銀ちゃんは矢沢永吉の熱狂的なファンだった。「いいけど。俺、永ちゃんしか唄えないぜ」「いいよ、いいよ。唄ってよ」ということで参加。
しかし、これがやってみると面白かった。族やって、ディスコに入り浸るなんてくだらなくなった。「今思っても、15、6のガキ共にしちゃあ、スゴイ音出してたバンドだったと思いますよ」と言う。メンバーに影響され、銀ちゃんも永ちゃん以外の音楽を知り始める。すると益々面白くなった。こういう人だから、インタビューの途中でも「ジェフ・ポーカロっていたじゃないスか? 死んじゃったけど」なんて言葉が飛び出す。ジェフ・ポーカロはTOTOのオリジナル・メンバーとして有名だが、元々はLAサーキットきっての売れっ子セッション・ドラマー。その腕前は19才の時、スティーリー・ダンのアルバム『うそつきケイティ〈Katy Lied〉』に抜擢されたほどだ。残念ながら92年、自宅の庭に殺虫剤を散布していたところ、強度のアレルギー症状を起こし38才の若さでこの世を去る。
銀ちゃんは、AV男優はスタジオ・ミュージャンみたいなものだと言う。「ジェフ・ポーカロは言ってンですよね。雇われた演奏だが、一箇所だけでいい。自分らしい爆弾を落としてやるんだって。カッコイイでしょ、シビレません、この台詞?(笑)」。AV男優も同じ。しょせん主役は女優、OKを出すのは監督だし、作品の全権を握るのはプロデューサーだ。しかし、「一箇所だけでいい、俺だけの、俺らしい爆弾を落とす」、そう言って銀ちゃんはニヤリと笑う。ごきげんな人である。今日も編集者から取材ギャラを受け取ると、「それじゃ、お疲れさま」と愛車シーマを駆って颯爽と去っていった。
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