朝帰り。飲めば飲むほど、そして酔うごとに寂しく哀しくなる時がある。昨日はそんな夜だった。新宿三丁目のハートフォード・カフェ〈HARTFORD Cafe〉を出て、阪本が「とにかく今夜お前はウチに来い、ウチに泊まれ」というので世田谷にある彼の家へ行く。この男は酔っ払うと必ず誰かを家に連れて行きたがる。まあ、そういう人は時々いる。一方僕は一人暮らしが長いせいか、此処十数年他人の家で眠れたためしがない。なのに「いや、俺は帰るよ」ときっぱり断れないのがだめな所だ。12時を廻っていたので寝ているかと思ったが、今年20歳になった彼の一人娘はPCで
スカイプ〈skype〉を使い、ボーイフレンドとテレビ電話をしていた。何でも現在長距離恋愛中とか。こういう光景を見ると、自分が突然未来に迷い込んでしまったような気になる。『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』のマーティ少年のようだ。
娘はしばらく彼氏としゃべっていたが、やがて風呂に入り、「じゃあね」と寝室へ消えた。その姿は阪本の別れた妻とそっくりだった。昔々、我々が今よりもずっと若かった頃、こうして彼の部屋で酒を飲みギターなど弾いていると、彼女は今夜の娘のように一人風呂に入り、「もう寝るから、あんまり遅くまでギター弾いてたらアカンよ」と言い残し先に眠った。そして今夜。しばらく僕がホロポロとギターを弾き、阪本はハーモニカなど吹いき、「あれを弾け」「あの唄をやれ」とうるさかったくせに、気が付くとソファーに座ったままいびきをかいて寝ていた。一方こちらは案の定酔いは醒め、それにつれどんどん眼は冴えていった。声をかけてもゆすっても起きない。さとてどうしたものか?
始発まで後2時間。迷ったが帰ることにした。しかし外に出てみたものの、駅で言うと京王線の東松原近く。この辺りは道の細い住宅街で、タクシーなんて通らない。仕方なく見当で広い道を目指し歩くのだが、これがいつまで経っても辿り着かない。コンビニのような店もなく、人も通らないので誰かに訊くことも出来ず、気温は下がり身体はどんどん冷えていく中、もう阪本の家に戻る道すら判らなくなっていよいよ困ったなと思った時、やっと大通りに出た。やれやれとタクシーを拾い乗り込む。家に戻ったのは午前5時。
布団に入ると久しぶりにみャ太の夢を見た。逆夢というのだろうか、夢の中では僕の家に友人が泊まりに来ている。それは先日見舞いに行ったKのようにも思えるのだが良く判らない。来客用の布団を出そうと押し入れを開けると、布団と布団の間にみャ太のヘルメット頭が見えた。「何だお前、何処探してもいないと思ったらこんな所に挟まって寝てたのか」と笑ってひっぱり出して、そのふわふわした身体を抱いた。「さあ、一緒に寝よう」言い、ふと、ぎじゅ太はどうしたんだろうと思う。そして、そうか、アイツは死んじゃったんだよなと気づき、いや、待てよ──そう思った時、みャ太の身体は煙のように消えていた。