ザ・クルセイダーズのキーボード奏者としても知られた、ジョー・サンプルが亡くなった。75才。音楽家としてはまさにこれから、若すぎる死だと思う。1970年代後半、彼らの音楽はクロスオーバー、フュージョンと呼ばれ、僕が聴き始めた頃はウェイン・ショーターとジョー・ザヴィヌルによるウェザー・リポートや、チック・コリアのリターン・トゥ・フォーエヴァーなど、マイルス・デイヴィスのグループにいた中堅ミュージシャンたちが中心となっていた。言わばマイルスの子どもたちである。ザ・クルセイダーズのオリジナル・メンバーにはひとりもその「マイルスの子ども」がいないというのは今思うと不思議ではあるけれど、誰もが同じ時代の風を感じ、新しい音楽に踏みだそうとしていたのは確かだと思う。
当時、彼らのサウンドは古手のジャズ・ファンからは「軽薄だ」「あんなのジャズじゃない」と批判を浴びたわけだが、僕は子供心にそういう考え方は表層的過ぎるんじゃないかと感じていたし、その想いは今も変わらない。他にもソウル・ミュージックを大胆に導入したハービー・ハンコックのヘッド・ハンターズや、クラシック以上に荘厳なキース・ジャレットのソロ・ピアノなど、心惹かれる音は本当にたくさんあったけれど、まず象徴的に世に現れたのはジョージ・ベンソンの
「ブリージン〈Breezin〉」だったと思う。当時ギタリストのCharが音楽雑誌で、「ジョージ・ベンソンは単にあの曲を弾く、2000倍のテクニックを持ったうえで弾いている」と発言していた。言い得て妙とはこのことである。
つまり卓抜の音楽性を持ちテクニックを極めたミュージシャンが、敢えて耳触りのいいイージー・リスニングを演奏する。そこには時速300キロ出るスーパーカーが法定速度で街中を優雅に走るような迫力があり、同時にテクニック至上主義への批判もあった。音楽ってもっと、無条件に楽しくていいんじゃないの? という提案もあったはずだ。さて、ジョー・サンプルである。僕が一番よく聴いたのは1978年2枚目のソロ・アルバム
『虹の楽園〈Rainbow Seeker〉』だった。表題作に代表されるように、大胆かつ繊細にハネるリズムを持つ曲もあるのだが(リズム・セクションはザ・クルセイダーズのロバート・ポップウェルとスティックス・フーパー)、その演奏は決してテクニックをひけらかすではなくあくまでもさりげない。
そして名曲
「MELODIES OF LOVE」を初めとするバラードはあまりに切なく哀しい。けれどそれもギリギリのところで過剰にセンチメンタルにはならず、哲学的とすら言えそうな凛々しさで崇高な音楽世界を作り上げていく。個人的な話になるけれど、僕はこのアルバムを19才の頃、実家暮らしの部屋で毎日とても暗い気持ちで聴き続けていた。おそらく、将来に対する漠然とした不安があったのだと思う。大学には入ったものの勉強は少しもせず、ロックバンドでベースを弾いていたが、それで食っていける才能が無いのは明白な事実だった。かといって自分に普通の勤め人など務まるはずもなく、そして何か別の目標を探すこともないまま、出来ないまま、ただ無為に過ごしていた。ジョー・サンプルの音楽はそんなだめな若者に癒しを与えつつも、常に凛とした態度で叱咤してくれたと思う。感謝を申し上げると共に、ご冥福をお祈り致します。