5時半起床。今日はお昼前から雨風ともに激しくなるという天気予報だったので、いつもより早起きしてjogに出た。けれど結局雨は降らず、時々薄陽も射す穏やかな朝になった。戻ってストレッチをしようとテレビを点けると、関口宏さんの『サンデーモーニング』をやっていた。話題は例のみんなの党・渡辺喜美代表による8億円借入事件だった。ここ数日このニュースを見るたび何となくアタマの奥底に引っかかるものがあったのだが、やっと何だか判った。新井将敬だった。彼は自民党時代、渡辺派だったはず。つまり喜美サンのお父さん、「ミッチー」こと渡辺美智雄氏の派閥だ。確か自民党を割って出たのも、渡辺美智雄を総裁選に担ぎ出したからではなかったか? と思って調べてみたら、Wikipediaには<1993年の自民党の分裂では自民党に残るが、細川護煕の後継をめぐる渡辺美智雄擁立劇では先行離党し>とあった。
新井は1992年の東京佐川急便事件の時、金丸信と竹下登を激しく批判し議員辞職を要求した。そして自身はヒモ付きの陳情をすべて断り、企業団体献金ゼロでクリーンな政治を目指していた。けれど結局、そのぶんだけ活動費に窮し、借名口座による株取引で資金作りをした。それが後に日興証券に対し利益要求していたのではないかという疑惑を呼び、1998年の2月、無実を訴えながら自ら命を絶つ。この辺りのことは河信基・著
『代議士の自決〜新井将敬の真実』に詳しい。一方、渡辺喜美は官僚支配からの脱却を訴えてみんなの党を作り、自分が疑惑を持たれる直前に、同様の疑いを向けられていた猪瀬直樹を強く批判していた──そんなところが被ったのだと思う。それにしても新井将敬に松岡利勝、中川一郎・中川昭一の親子、民主党の永田寿康と、死んでいく政治家のなんと多いことか。
新井将敬の自殺は、まぎれもなく自身の政治生命が絶たれたことによるものだ。政治家として生きる道が閉ざされれば、自分に生きている価値は無いと絶望したのだ。けれど舛添要一や細川護煕のように、一旦は完全にその政治生命が絶たれたと思われても、何かの拍子に突然甦って来る人もいる。僕はみんなの党に何度も投票した。江田憲司氏と袂を分かった時も残念だった。事件の真相はどうあれ、渡辺喜美さんには、命だけは大切にして欲しいと思う。