2、3日前からやっと、久しぶりにお風呂の中でゆっくり本を読める時間が出来た。そこで1995年に新潮文庫から出た
『ポップ・ヴォイス〜スーパースター163人の証言』を再読している。これは副題にあるようにボブ・ディラン、ミック・ジャガーといった音楽界のスター達へのインタビューをまとめたもの。ただし登場するのはロックンローラーのみにとどまらず、スタン・ゲッツ、エラ・フィッツジェラルドといったジャズの人脈、あるいはレイ・チャールズにバーブラ・ストライザンド、ハリー・ベラフォンテからヘンリー・マンシーニまでと多種多彩。さらにはアーメット・アーティガンやジェリー・ウェクスラー、マーシャル・チェスにルー・アドラーといったレコード・プロデューサー、経営者にまで及んでいる。
というのは作者のジョウ・スミスは作家でもジャーナリストでもない。ロックンロール創世記の1950年代にボストンで人気ディスクジョッキーとなり(伝説のDJ、アラン・フリードと同時代だ)、60年代からは西海岸へと移りレコード業界に入り、やがてワーナー・ブラザーズの社長に就任。グレイトフル・デッドを初め多くのアーティストを手がけた。70年代からはデイヴィッド・ゲフィンのエレクトラ/アサイラムの経営を引き継ぎ、この本を書いていた時にはキャピトル/EMIの取締役だったそうだ。だからライターには絶対に書けないことまで書いている。端的に言えばスーパースター達の圧倒的なワガママぶりである。恩知らずなフランク・シナトラに守銭奴のトム・パーカー大佐(エルヴィス・プレスリーのマネージャー)、あの豊かな音楽性からは想像も出来ない奇人変人ぶりを見せるヴァン・モリスン、無邪気なほどに常識のないジョー・コッカー、などなど。
その中でも一番やっかいなのが、ジョウがアサイラム時代に手がけた
イーグルスである。1976年の『ホテル・カリフォルニア』が全世界で1200万枚近い大ヒットを記録して、3年後にリリースされた『ロング・ラン』もビルボード1位を獲得。何を出しても大ヒット間違いナシという状況の中、後に『イーグルス・ライヴ』(1980年)となるライヴ・アルバムが企画された。バンドもいったんはリリースを承諾したが、イーグルスは既に内部崩壊の状態にあった。ある日コンサートの出演直前だったグレン・フライとドン・ヘンリーから、ジョウ宛に直接電話がかかって来る。曰く「本当はもうレコードは出したくないんだ。だけどやるという約束をしたわけだから、一度だけチャンスを与えるよ。次の質問に答えられればね」と。「何だい、その質問っていうのは」と訊くと、フライとヘンリーはこう言うのだ。「1971年、ボルチモア・オリオールズには4人の20勝投手がいたけど、あんたが今その名前を言えたらアルバムを作ろうじゃないか」。
イーグルス最後のライヴ・アルバムが出るか出ないか? それに関してジョウ・スミスはこう書いている。「800万枚から1,000万枚のアルバムが売れるということは、会社にとって4,000万ドルから5,000万ドルの商売になる」と(それがボルチモア・オリオールズ4人の20勝投手と何の関係がある!)。結果レコードは出て全米6位となる(しかも2枚組)わけだが、それはともかく、そのグレン・フライとドン・ヘンリーのインタビューもしっかり入っている。これがまた、スーパースターの苦悩が語られていてとてもいい。全730ページ、1人につき2,500字から4,000字(文庫本3〜5ページ)という分量も短くシャープで、何処からでも読み始められる。登場するのはタイトル通り163人だが、訳者・三井徹さんのあとがきによれば、原著では220人だそうだ。他には誰が載っていたのかも気になる。