5時半起床。久しぶりにこの時間に起きてみると、外は今にも雨が降りそうな天気にも関わらず、もうすっかり朝になっていた。6時過ぎよりjog。少し長めに131分走る。戻ってお風呂に入り、『ビデオ・ザ・ワールド』誌のAVレビューを2本書いたところでメールチェックしてみると、平野勝之からのものがあった。映画『監督失格』、本日ポレポレ東中野にて劇場公開楽日とのこと。そう言えば数日前、同作の若いアシスタント・プロデューサーSくんからもお知らせが来ていた。去年の暑い夏を思い出した。東宝砧スタジオ内にある制作会社シネ・バザールへ何度も出向き、平野勝之、Sくんと共に、映画のプレイベント用の打合せをし、上映するAV作品をチャプターするという作業を繰り返した。僕は『東京ノアール〜消えた男優 太賀麻郎の告白』の書き下ろしに追われながらだったので、正直精神的にも肉体的にも辛かった。
『監督失格』は、2005年に急逝したAV女優・林由美香をテーマにしたドキュメンタリーである。今夜のポレポレ東中野には、平野勝之はもちろん、盟友でありこの映画の重要な登場人物であり、平野より以前に林由美香の恋人であったカンパニー松尾も駆けつけトークをするという。今、これを書いているのは仕事を終えた午後11時45分。今頃は打ち上げが行われているだろう。林由美香を題材にした映画はもう一本ある。かつてこの日記でも取り上げたが、松江哲明監督による『あんにょん由美香』(2009年)である。完成した時、いつもは松江に対し兄貴のように優しいカンパニー松尾が、珍しく厳しい意見を述べた。「お前の映画はさ、松江。ただ由美香が死んじゃったってだけなんだよ」と松尾は言った。「俺の中で由美香は未だに大きな穴なんだ。あいつがいなくなってポッカリ空いたまま。俺の中には由美香の不在がずっとあって、その不在は大きく苦しく、のしかかったままなんだよ」と。
僕は、今でも『あんにょん由美香』はいい映画だと思っている。好きな作品だし、林由美香という女優のいいところが描かれていると思う。だいいち、「映画で不在を撮る?」「そんなことが出来るのだろうか」とも思った。しかし──平野勝之の『監督失格』にはその「不在」があった。圧倒的な存在感として、観る者を支配した。いや、試写を観てから既に1年以上。少なくとも僕の心はその「不在」に支配され続けている。だからこの夏、精神的にも肉体的にも追い込まれていても、シネ・バザールへと通わざるをえなかったのだ。一人の人間が一瞬にして消え、しかもその不在は周りの人達に何倍もの重みと存在感を持ってのしかかり、苦しめ悲しみをもたらし、けれど逆に生き続けていくこと、歩き続けろ、何かを作り続けていけと求めるということを、『監督失格』という映画は訴えていた。
由美香ちゃんが亡くなり、お通夜に出かけたのはこの日記を読み返してみると2005年7月1日とある。雨の降り続く、蒸し暑い夜だった。僕は、あんなに大勢の人の集まる通夜を見たのは初めてだった。板橋にある斎場。巨大な会場にも関わらず、参列者は到底一度には入り切れず、別室に列を作って長い時間並び、何度も何度も入れ替わって焼香をした。そうしてやっと遺影の前に辿り着き、由美香ママことお母さん、小栗富美代さんに会った。僕は、あんなに泣いている人を生まれて初めて見た。そしてもう、二度と見ることはないだろう。それは泣いているなんてもんじゃなかった。泣きじゃくり泣き叫んでいた。由美香ママは泣き叫びながら、焼香する僕達一人一人に「ありがとうありがとう」と言い続けていた。あの時、不覚にも何故気づかなかったのだ? 不在は既にあの時、あの場所にあったことを。大いなる悲しみと圧倒的な存在感を持って、我々を支配していたということを。
『監督失格』は、由美香ママと平野勝之が、そしてカンパニー松尾を始めとする由美香を失ったすべての人々がその「不在」を抱え、その重みに苦しみ、やがて何かを獲得していく映画である。現在、DVD、Blu-rayでも観ることが出来る。
※上にリンクしたのはBlu-ray版です。
『監督失格 DVD2枚組』←はコチラ。